負け犬の果し合いへのお出かけはルンルン気分で自転車に乗って「デュエリスト」
映像派の一大巨匠リドリー・スコットの劇場デビュー作、果てしない決闘に身を投じる男たちに巨匠に備わったすべての映像センスの結晶を見た。
(評価 84点)
映像の至福
冒頭、朝もやの中、対峙していた二人の男がおもむろに剣を取り出し決闘を始める。中世の決闘など当然ながら見たことは無い。しかし、その様式と、格式に忠実に則ったような所作、そしてその動きから発散されるのは、実際の決闘さながらのリアリティ。
リアリティだけではない、お互いジリジリと距離を取る二人の男のロングショットは、二人を包む霧の効果もあいまって中世に描かれた油彩画のようにため息が出るほど美しい。どうすればこんなショットが撮れるのか?誰もがそう思うはず。そして、こんな本作こそ、映像派の監督の中では今もトップに君臨し続ける偉大なるマエストロと言ってもいいリドリー・スコットの劇場デビュー作。
スコットはこの時40才。監督デビュー作としては遅咲きだが、その後の活躍で、瞬く間に不動の地位を築いたのは周知の通り。そんな本作はスコットの美的、そして技巧派としての映像センスの全てが凝縮された傑作だ。
作品解説
19世紀のフランス。事あるごとに決闘を繰り返す中尉のフェロー(ハーヴェイ・カイテル)。そのフェローに、上官からの謹慎処分の伝令を伝えに来たデュベール(キース・キャラダイン)が目をつけられたことから、リベラルで温厚なデュベールもフェローの決闘の申し出を受け入れる。しかし、デュベールもそんな二人の決闘が生涯続くとは予想もしなかった。
決闘をすることでしか己の存在価値を見出せない執念深い男フェローに扮するのはハーヴェイ・カイテル。デビュー間もないスコセッシやタランティーノなど、若手の監督の飛躍をアシストしてきた実力派が、ここではデュベールにストーカーのようにつきまとい決闘を繰り返す異様な男を演じ、リドリー・スコットという才能を世に出す見事なサポート役を果たしている。
何度も決闘を繰り返す二人だが、力の限りお互いに剣をガンガン叩きつけるように振り下ろす決闘のシーンはリアルそのもの、加えて決闘の前の儀式のような静寂でのお互いの所作や振舞(朝の静寂の中、デュベールがオレンジを食べるシーンは妙にリアルで新鮮)など、時代考証へのスコットの異様なまでのこだわりが、ひしひしと伝わって来る。
とにかく見所は、当時の光の明度にまでこだわり、油彩画のように深みをもたせたその映像の素晴らしさ。まるで、ダ・ビンチやフェルメールの絵のように、背景が漆黒なまでに暗く、ワインのボトルといった対象物のオブジェがそれをバックに克明に浮かび上がるように描かれる、こだわりのショットの数々には息を呑むばかり。
何と言っても圧巻は、最後の決闘となる山中でのゲリラ戦のような戦いで負けながらも、デュベールにとどめすら刺されずに、もぬけの殻のようになったフェローを前景に、遠くの山の稜線から太陽の光が差す、自然現象すら味方につけたかのような神がかり的なまでに美しい奇跡のショット。
美的なだけではない。生涯を通じて脚本を手掛けないでいるスコットだが、本作では、馬上の決闘から、雪深い戦線を経て、晩年に差し掛かってもまだ決闘を取り付かれたように繰り返す二人の人生の成り行きを、最後まで食い入るように見つめてしまう物語とのバランスも申し分がない。
リドリー・スコットの最高傑作といえば「ブレード・ランナー」というのが一般的だけど、この負け犬的にはこのデビュー作の「デュエリスト」が紛れもなく最高傑作だと思っているのです。
自転車に乗った少年
本作を最初に見たのはレンタルビデオ。だが、後年、DVDでレンタルした際、特典として収録されていたコンテンツを知って驚いた。スコットが美術学校の学生の際、アマチュア映画として製作した短編「自転車に乗った少年」が全編、収録されていたからだ。この「自転車に乗った少年」は、スコットのバイオグラフィには、必ず出てきて、みたくても見ることが出来ないというジレンマをたぎらせる悩ましい作品だった。ところが驚いたのはそれだけではない、実際のその実物の見事さには驚嘆した。
一人の少年が朝起きて、学校にも行かず、その日、一日、自転車に乗ってフラフラするという、題材的にはアマチュア映画丸出しの作品ながら、もう開巻のファーストカットから、スコットに才能があることが誰でも一目瞭然といっていいカットの数々には驚かされた。編集のセンスも抜群で見た後は、しばし、呆然としたほどだった。
その素晴らしさに、この短編の長編化に出資しようというパトロンまで現れたというから頷ける。
因みに、この作品で少年を演じているのは、スコットの実弟、後にビジュアル系の監督として大成しながら自ら命を絶ったトニー・スコットその人。真の巨匠というのは、こんなアマチュア作品でも、その才能を迸らせているものなのだと感心することしきりの作品。「自転車に乗った少年」が「デュエリスト/決闘者」になって「エイリアン」に結実し、今に至る・・感慨深いものですよね~