負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬が声を大にして吠えまくる!絶対に観るべき大傑作「ほえる犬は噛まない」

韓国映画界のトップに君臨する天才の揺らぐことなきエンブレム!その突出した脚本、演出、映像センスに仰天し、そして、すべてのダメ人間たちへの心優しき応援歌に涙する!(評価 92点)

 韓国映画というものの知名度のステータスが今とは比べ物にならないほど低かった当時、ある一本の映画が公開された。たまたま、その作品に対する絶賛評を目にした負け犬は、とはいっても韓国映画だし、という半信半疑のまま劇場にいそいそと出かけて行った。実際、その当時の負け犬が見た韓国映画といえば、ものの一本すらもなかったはずだ。

 だが、鑑賞後、その懸念はものの見事に吹っ飛ばされ、世界のクロサワにも匹敵するようなモンスター級の才能が、こともあろうに韓国から出現したと本気で慄いた。その作品こそ、今にいたっても韓国映画のベストといってもいい「殺人の追憶」だった。そして、そのモンスター級の才能こそが、今や世界トップの監督ともなったポン・ジュノその人だった。

 そして、しばらくしてそのポン・ジュノのデビュー作がレンタル店の店頭に並ぶ。何気に手に取った負け犬が、それを見た時、あまりの面白さに歓喜し、小躍りしてしまったのが本作「ほえる犬は噛まない」だった。デビュー作に作家の全てが詰まっている。まさに本作はその常套句そのままの作品と言っていい。

 落ちこぼれの大学の非常勤の講師ユンジュは、何とか教授に昇格しようと受験勉強にあくせくしている。だが、韓国社会では教授に高額な賄賂をしなければ昇格出来ない。だが、未だ稼ぎもなく、会社勤めの妻に頼りきりのユンジュにはそんな金もなく、ただジレンマに悶々とする日々。そんなユンジュをもっとも悩ませているのが団地で誰かが飼っている犬の鳴き声だった。

 本作はこんなさりげない設定をスタート地点に、ヨーイドン!でプロットが快調に爆走する。そのめまぐるしいほどのプロット展開の鮮やかさにただもう舌を巻き、様々なキャラクターたちが繰り出すアクセントに笑い、気付けば最後にはうっすらと涙して、エンドクレジットではすこぶるいい気分になっている。でも、驚くべきは本作、もう二十年にもわたって見続けているのに、そうした感動が一切色褪せず、つい今見ても同じ感動が味わえることなのだ。

 それほどまでに素晴らしい本作の中でも出色なのは、やっぱりポン・ジュノの筆による脚本でしょう。本作、たかだか言ってしまえば団地でペットのワンちゃんがいなくなってしまう失踪をめぐって、大学講師や管理事務所の職員や、団地の住人や、ホームレスといった人物がクロスオーバーしてリンクして右往左往するだけの話なのだ。だが、何度見てもくぎ付けになってしまうのは、そのキャラクターたちのリンクの巧みさと、どこに着地するかてんで分からない複雑なプロット作りがあまりにも見事すぎるその脚本の冴えなのだ。この脚本だけは、まごうことなき天才の代物といっていい。

 だが、何よりもこの負け犬が本作に揺さぶられるのが、負け犬のキャラクターたちに注がれるユーモラスな温かい視線。それを代表するのが、管理事務所に勤めるうだつのあがらない負け組の女の子ヒョンナムを演じるペ・ドゥナ。画面全体、映画全体に横溢する、このペ・ドゥナのダメダメぶりのキュートな可愛らしさにノックアウトされないヤボな奴らはいないのではなかろうか。

 このペ・ドゥナ演ずるヒョンナムが、犬泥棒を追って失踪する。ここで見せる鮮やかなロングショットのカットインのモンタージュを始めとする、鮮やかきわまりないポン・ジュノの映像センスが全編に漲っていることにも誰もが瞠目するはず。

 そして、何ともいい気分にさせてくれるジャズがベースの心地よい音楽。ダメダメ女子たちが酔っ払ってクダを巻くくだりでこの音楽が流れるシーンの何ともエモーショナルでチャーミングきわまりないこと。

 ただ悲しいのは、さすがのポン・ジュノにしても、もう二度と本作ほどに才気溢れる作品を二度と作れないこと。あのスピルバーグが弱冠24歳にして監督した「激突」のように、本作は天才的な才能を持った監督がその人生でたった一度だけ放つことが出来る超新星のような煌めきを持った作品だからだ。

 人は何故、映画をみるのか?導入部からその世界に引っ張り込まれて、あれよあれよとジェットコースターのようなライド感を味わって、その世界のキャラクターたちをすっかり好きになって、最後にすこぶる気持ち良くなりたいためでしょう。だとすれば、嘘偽りなく本作にはその全てが詰まっている。

 本作を見たら誰でもキャンキャンと誰かれ構わず薦めたくなって吠え立てたくなるはず。実際、この負け犬が今に至ってもそうなのだから。

だから、負け犬は本作の絶賛を今日も吠え続ける。キャンキャン!

 

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