負け犬的映画偏愛録

気分はもう負け犬の逆襲。負け犬的、下から目線から偏愛する映画のことをのたまいます。とはいえ勝手に採点までしています。

木枯し紋次郎 第十六話「月夜に吼えた遠州路」 初回放送日1972年5月13日

敵は仮面ライダーのキバ男爵!

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天竜一家の親分殺しの濡れ衣を着せられているとも知らず、その親分の仇を探す三代目の源八を助ける紋次郎。折しも天竜一家の代貸の伊兵衛と仁太、清吉との間では四代目をめぐる確執が渦を巻いていた。そして紋次郎は、自分の命を狙う源八もろとも骨肉の争いの渦中へと巻き込まれていく>

 

 日活、東映大映、日本映画の屋台骨を支えた多彩な顔ぶれが、スタッフ、キャストを問わず本シリーズを盛り上げてくれた。本作では、天竜一家の代貸の木原の仁太役に悪役俳優として名を馳せ、あの仮面ライダーのキバ男爵も演じてくれたた郷英治が扮し、ラストのクライマックスの大立回りでは堂々、紋次郎との一騎打ちも披露してくれている。

 本作も原作は紋次郎とは異なる小仏の新三郎を主人公とする別原作をアレンジ、原作とはまったく異なる話に作り替えられた。

 冒頭、自らを大井の利助と名乗る源八を助けた後で、天竜一家の親分殺しの顛末を紋次郎が聞かされる海べりの風景は遠州灘という設定だが、撮影は琵琶湖湖畔で行われた。地蔵峠比叡山にせよ本シリーズは大映京都とのゆかりもあって関西各所でロケが行われている。

 また本作では、いつものナレーションによって直系の「手作り」や「譲り」「世話内」といった一家における子分の身分の違いについてこと細かく説明が成され当時の跡目相続の争いの内幕にリアルな肉付けが施されているのは注目に値する。

 しかし、本作における見所は何といってもクライマックスの川べりにおける戦闘シーン。設定では天竜一家40人余り、そこで紋次郎は川の深みに入って肩まで水に浸かって相手と闘う。相手も身動き取れないが、突きや強靭な腕力を駆使して戦う戦法だ。だが、ご存知の通り紋次郎の道中合羽は三度笠同様一回りサイズが大きい。撮影語録によれば、水を吸った道中合羽の重量は尋常なものではなく、実際の撮影は地獄の責め苦だったとも。

 そしてゲリラ戦法その二は、使えるものは何でも使う、三代目源八の女房お春の帯を拝借しての帯投げ。空中をヒュルりと飛んだ帯を清吉の首に巻き付かせ見事に仕留めてみせるのだ。

 ところで本作、実はタイトルに月夜と銘打ちながら、月夜そのものが出てこないというレアな作品でもある。

 何にせよ本作は、大映時代に活躍した監督の太田昭和による闘争シーンをたっぷりと見せてくれる佳作には違いない。

負け犬さんの監督の力量は口ほどにモノを言う上に有り得ないほどの史上最悪のラスボスとそれでもアビゲイルのスピンオフはあってもいいかなと思った件「ブレイド3」

映画にはやっぱりその監督の実力や力量があからさまに曝け出されるものだ。たとえそのキャラクターを知り尽くしている生粋のクリエイターでもそれは同じ

(評価 60点) 

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ブレイド」1,2を経て、主演のウェズリー・スナイプスは自分の肉体的なポテンシャルが最高の瞬間をフリーズドライのように凝結させんと「ブレイド3」の製作まで兼ねたことを伝え聞いていた負け犬は、その期待をほぼMAXレベルまで高めまくって本作の鑑賞に臨んだ。

 しかし、その期待は見事に打ち砕かれた。いきなりのっけから眉をしかめる感覚に見舞われた。前二作は、とにかくそのオープニングがキレッキレの鋭い切れ味を誇っていた。しかし、本作のオープニングシーンは、スケール感や緊迫感は一応、漂わせてはいるが、肝心のテンポやカットの切れ味のようなものが全くないのだ。

 今回、監督を務めたのはデヴィッド・ガイヤー、1,2作でツボを心得た脚本を書いた脚本家、それ以外にも多くのコミック関連の企画、脚本に関わる才人だ。いわばこのブレイドというキャラクター知り尽くし、その集大成的な本作の監督にもっともふさわしい人物といえる。多分、ガイヤーは才能的には申し分のない人材には違いない。しかし。「ブレイド」という非常にアクの強いヴィジュアル重視の作品には、どうやら不向きだったと言わざるを得ない。

 とはいえ、一応、ガンバッテる感だけはある。ダサいオープニングには目をつぶり、その後は主にデル・トロの二作目のカラーを踏まえたハイテンポのアクションを展開させ、ヴァンパイアのワナにはまり、FBIに捕らわれてしまったブレイドが本作でサイドキックとなるキング(ライアン・ジョンソン)に助け出され、ウィスラーの娘のアビゲイルジェシカ・ビール)と出合う。

 アビゲイルたちは人間でありながらヴァンパイアたちを狩るハンターで、冒頭で復活したドラキュラの直系、ドレイクを倒さんと、ブレイドに協力を求める、と、まあ、本作のストーリー自体は身もふたもない二作目のリフレインでしかないのだが、とにかく本作は。このサブキャラクターのアビゲイルのカッコ良さに尽きる。

 アビゲイルの武器は、ヴァンパイアたちを粉砕できる矢尻のついたアローで。背中に背負ったボウをさっと構えてアローを射出してヴァンパイアたちを木っ端みじんにしていくそのクールなカッコ良さはブレイドに勝るとも劣らない。加えて、ガチンコにトレーニングを積んだことが一目瞭然で見て取れるジェシカ・ビールのキレ味鋭いマーシャル・アーツの動きが惚れ惚れするほど素晴らしい。

 クライマックスでお約束のヴァンパイアたちのアジトに殴り込みをかけるアビゲイルのファイトシーン。見るたびにプレイバックして何度も見てしまう。

 主演のスナイプスが製作まで兼ねて自らを引き立てるべく作った本作が、結局、ブレイド本人よりもサブキャラクターの方が立ってしまったという皮肉な結果となってしまった。

 しかし、本作でもっとも残念かつあきれるしかないのが、ラスボスのドレイクのチョイス。ヴァンパイアの混血として生まれたブレイドのいわば因縁の天敵ともいうべき存在のドレイクがあまりにもミス・マッチなマッチョ男のドミニク・パーセルになってしまったこと。

 何でよりによって坊主頭のイガグリ君みたいなパーセルを選んでしまったのでしょう。おかげで最も盛り上がるはずのクライマックスがトホホな、しまらないものになってしまった感は否めない。

 三作目で失墜した「ブレイド」だったが、この3にしても結局、アビゲイル見たさに繰返し見ていることは事実。

 いつかこのアビゲイルのスピンオフが出来ないものかとひそかに願う今日この頃なのですよね~

負け犬さんのポテンシャルの高い人材の潜在能力のブレイクタイミングと現場におけるマネージメントの問題、さらにその秘められたオタク・テイストの爆発は凄かったという件「ブレイド2」

組織においてポテンシャルの高い人材が想定以上の潜在能力を発揮する瞬間に立ち会える喜びはひとしおだ、またそいつが真正オタクであれば尚更だ

(評価 82点)

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前作「ブレイド」でその虜となった負け犬が、一作目からさして間を置くことなく作られた二作目の本作に駆け付けたのは言うまでもない。そしてまたしても凄いものと出くわした。

 まずは冒頭のプラハの風景にたちまち引き込まれ、血液バンクで堅実に営業するヴァンパイたちが謎の男(ノーマック)に逆襲されるイントロに度肝を抜かれた。すかさず黒社会のヴァンパイアたちがたむろするアジトのシーンとなり、そこに颯爽と現れたのはあの男。たちまちヴァンパイアどもを蹴散らすブレイド、飛び降り、軽やかに宙を舞い、炸裂段をぶっ放す。前作とは異なる、夜なのに明るい光を放つかのようなカラーで繰り広げられるこのオープニングにまたしても完全に魅了された。

 それからはもう矢継ぎ早や、前作でフロストに亡き者にされかけそのアジトに囚われていた相棒のウィスラー(クリス・クリストファーソン)を助け出し、連れ帰ったところを、忍者風ギアを装備した二人組に襲撃される。そこからだ。その二人組のいでたちを見た時、負け犬の臭覚のアンテナが、サムシングを感知した。そのサムシングこそ、アニメやマンガ道に邁進するものだけが獲得できるオタク・テイストだ。その二人こそ真のヴァンパイア一族たちで、その真正ヴァンパイアたちに反逆を始めた、遺伝子操作で変異した似非ヴァンパイア一味の討伐をブレイドに依頼に来たのだ。

 この毒を以て毒を制すのごとし「ダーティハリー2」をも想起させる、前作を踏まえてさらにワイルドに展開させるフランチャイズスピリッツを心得たストーリー展開もまさにオタク風味そのもの。そして、あのカンフー・キング、ドニー・イェンも交えた名うての一味を集め、ミュータントヴァンパイアのノーマックたち反逆分子の征伐へと向かうくだりになると己の血が熱くたぎっていた。

 かくして夢のような展開を経て、マカロニ的な仲間のラインハルトの裏切りで爆発した怒りを最後の激闘に注ぎ込むべく、ウィスラーから投げ渡されたグラサンをパッシ!とブレイドが手にした時には、既にもう興奮はエクスタシーの域に達し、本作の監督の手腕に惚れ込んでいた。その時に生まれて初めて目にした監督の名はギレルモ・デル・トロ。前作を凌駕するCGを交えたクライマックスに圧倒され、お約束のエンディングを見終えロビーを出ると、監督のプロフィールを確認するためパンフレットを買おうとしたが、堂々、ロードショー公開にも関わらず本作、悲しいことにパンフレットの販売はなかったのだ。しかし、その瞬間からギレルモ・デル・トロという男の名は、しっかりとこの負け犬の脳裏に刻まれたのは言うまでもない。

 前作をしっかりと踏まえつつ、さらなる魅力を開花させた本作との再会が待ちきれず、これも前作と同じ、早々と輸入盤のDVDを購入し堪能した。そしてこれもまた特典には大ボリュームの詳細なメイキングDVDが付属しており、このデル・トロの仕事ぶりをしっかりと確認できた。

 映画の現場において監督に求められるポテンシャルとは何だろう?おそらくクリエイティブなアーテスティックな資質がまず求められるのは間違いない。しかし、映画の現場はクリエイティブなセクションもあれば、スタッフの食事のまかないまで担うケータリングのようなセクションまである、いわば工事の現場、さしずめ一つの企業だ。とすれば監督に求められるのは多種多様なセクションを束ね、尚且つ作品のクオリティコントロールまで出来るマネージメント能力ということになる。

 そして、メイキングから一目瞭然だったのがデル・トロの現場におけるマネージメント能力のズバ抜けた高さだ。ただ我が強いファナッティックな姿勢だけでは人は誰もついてこない。多彩な意見を取り入れながら一つのヴィジョンを作りあげなければならない。その点、メイキングからうかがいしれるこのデル・トロのグループにおける協調性とリーダーシップは明らかにずば抜けていた。

 集団におけるリーダーがどうあるべきか、多くは語らずその姿勢で語る貴重なメイキングともいえる。

 本作で見事にブレイクしてのけたデル・トロ。この「ブレイド2」は、メキシコ時代のデビュー作では比較的控えめにゴシックテイストを表現していたデル・トロが、爆発するかのように持ち味のオタク・テイストを開花させた記念碑的作品でもある。その一作一作が楽しみな、今や業界になくてはならないマスコット的存在ともなった我らがデル・トロ。この愛すべきクリーチャーのようなキャラクターにストレートに触れられる作品としてこの「ブレイド2」はかけがえのない存在だ。

負け犬さんの呼吸は無用息を呑むほどカッコ良いセミ吸血男と天才監督の編集技術にマーベルのマンガコンテンツ戦略の事始めという件「ブレイド」

ブレイドの仇敵フロストが実はブヨブヨの血液の塊だったこと、監督のスティーヴン・ノリントンとの犬猿の仲があの激烈映像を生み出したことをメイキング映像で知って驚いた

(評価 89点)

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その昔、とりあえず何でもいいからヒマを潰そうと当時良く通っていた天六の映画館に出かけた。そこは勿論、二番、三番映画専門のケチな小屋。その日はとにかくヒマさえ潰せれば良かったわけで、早速、その二本立てを鑑賞し始めた。だが、そこでとんでもないものと遭遇した。

 一本目はC級映画の御用達ポール・アンダーソンの「ソルジャー」。遺伝子操作で屈強になった兵士にカート・ラッセルが扮した、ちょうど「イベント・ホライゾン」などの愚にもつかないガラクタ映画をアンダーソンが連発していた時期に放った自称超大作とでもいうべき珍作だった。良くもなく悪くもなく、可もなく不可もなく、そもそもヒマ潰しだから何とも思わず見上げたらクレジットタイトルが流れていた。

 次の映画も何の期待もしなかった。勿論、どんな映画かすらまるで分からず見始めた・・すると、冒頭、男を誘う女が一時期、ハードコアのポルノ女優として一世を風靡していたトレーシー・ローズであることに気が付いた。そのトレーシに男がのこのこ付いていき連れ込まれた先が、ダンスミュージックが鳴り響くクラブの店内。男がウキウキ気分で踊っていると、客たち全員がいきなりうなって牙をむく。そうそこはヴァンパイアたちのダンスクラブだったのだ。絶体絶命の男。するとそこに現れヴァンパイアたちの前にグラサンをかけた一人の黒人が立ち塞がってニヤリと笑う。

 その瞬間、全ての空気が変わった。男が刀を抜く、たちまち轟くサブマシンガン、目まぐるしいカットと共に展開されるバトル。何だこれは、思わず目を見張った。怒涛のようなアクション。刀で粉砕されていくヴァンパイア。そして男が刀でクラブのフロアに弧を描きポーズを決めた時こう思った。こんなカッコイイ映画見たことねえ!

 その後もただひたすらカッケーを心の中で連発し続け、クライマックスの「マグラの書」の血の儀式で仇敵フロストを男が倒し、その後のロシアのエピローグでエンドクレジットが流れだした時にはほぼ呆然と放心状態に陥っていた。その瞬間、その主人公の男の名が自分の脳裏に刻印のように撃ち込まれた・・「ブレイド」。

 唯一残念だったのは、3番館の悲しさ、パンフレットが買えなかったこと。帰ってすぐに調べた。するとそのキャラクターがマーベルブランドであることを知った。今や巨大なフランチャイズとなったマーベル帝国。しかし、この2000年代未満の時代、まだ映画界にはマーベルの“ま”の字もなかった。この「ブレイド」という鮮やかな先鞭なくしてマーベル時代の幕開けもあり得なかった。

 とにかく本作における映像、間違いなく監督ノリントンの際立った感性によるものなのは明らかだ。俗に言う映像感覚という言葉。その感覚は言うまでもなく映画の命『編集』からもたらされる。

 実は最近、このノリントンの監督デビュー作「デス・マシーン」のオフィシャル版とディレクターズカット版をYouTubeで見比べることが出来た。最初にオフィシャル版を見て次にディレクターズカット版を見始めるや愕然とした。当たり前の話、映像のソースはどちらも同じ、それなのにノリントン本人の手による編集によってまるで別物の映画のように生き生きとしているのだ。

かくしてノリントンの編集魔術が遺憾なく発揮された「ブレイド」。その虜になって辛抱たまらず、海外版のDVDをいち早く買って何度も何度も酔いしれた。

 海外版の特典の映像では、フロストが完成版とは異なり、ブレイドとの一騎打ちの対決の時、血液の塊のような巨大モンスターとなるラッシュ映像も収録されていて仰天した。さらに製作時のメイキングではブレイドのウエズリー・スナイプスとノリントンが必ずしも良好な関係でなかったことが如実に見て取れた。

 本作でとてつもないマーシャルアーツのポテンシャルを見せつけてくれたスナイプスは、自分なりの理念を本作にぶつけたはず、そしてまたデビュー作の「デス・マシーン」を経てメジャー作品を監督するチャンスを見事掴んだノリントンにも確固たるヴイジョンがあったのは本作の完成度を見れば一目瞭然だ。メイキングでは汗まみれのスナイプスが半ばあきれた感じでノリントンの演出を遠巻きにみつめる様子が伺える。これだけの映像感覚を発揮できる監督の感性はほぼ天才レベルといっていい。

 天才肌の所以だろうか、スティーヴン・ノリントンは、起用される作品の現場でことごとく俳優や製作陣と衝突し降板に至っている。その監督作は現在に至るまでわずか4本しかない。「ブレイド」という作品と監督の演出に骨の髄まで魅せられている負け犬は、いつかノリントンが再び「ブレイド」のようなとてつもない傑作を作ってくれることを切に望んでいるのです。ノリントンよ!カムバック~!

負け犬さんの人生はノンストップ走り出したら止まらないやめられない止まらないこいつは極上のかっぱえびせんだという件「ジャグラー/ニューヨーク25時」

追う逃げる追う、そしてまた逃げる!走り続ける連鎖が永久運動のように途切れることがないこの映画の画面から迸るエネルギーの熱さに誰もがきっと火傷する

(評価 80点)

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『ノンストップ』という言葉、ノンストップ・アクション、ノンストップ・スリラー、映画で使われる常套句となったこの言葉。本作、製作当時の1980年には未だなかったはずだ。それが使われるようになったのも、そもそもこの映画に度肝を抜かれたものたちが使い始めた。この負け犬も度肝を抜かれたクチだ。それもたった一度だけ放送された「ゴールデン洋画劇場」でのことだった。

 冒頭、誰もかれもが走っているニューヨークの光景に、不思議の国に迷い込んだような感覚を覚える人がいるのではなかろうか、そう、時は1980年、バブルの華が百花繚乱し始めるその頃、ニューヨークは空前のジョギングブーム。走らなければニューヨーカーにはなれなかったのだ。ジョギングはそもそも健康のため、しかし、本作の主人公ボイド(ジェームズ・ブローリン)が走るのは、そんなヤワな理由ではない、最愛の娘が目の前でさらわれたからだ。

 トラックドライバーのボイドが娘のキャシーに誕生日のプレゼントのバレーのチケットを渡し、二人がセントラルパークにさしかかった頃、時を同じくして偶然にも不動産会社の社長の娘がピンクの上着につなぎのジーンズというまったく同じ服装で通りがかったことから、ガス(クリフ・ゴーマン)はキャシーを誘拐相手と思い込んでしまう。

 娘の叫び声に振り返ったボイドが見たのは車に押し込められる娘の姿だった。テメエの足で追っかける、テメエの手で誘拐犯を捕まえるとばかりに走り出すボイド。そして、ここからノンストップの追跡劇の火蓋が切って落とされる。

 とにかくこの映画、走ること走ること、ボイドがすかさず韋駄天の如く娘の乗った車を追いかけ、すぐさまプエルトリカンのタクシドライバーの兄ちゃんに声をかけ追跡、タクシーが事故ると、今度は街の宣教師の車に乗り込みまた追う。追いつく寸前で車が大破。ボイドはしょっぴかれて警察へ。しかし、本作が画期的なノンストップのスタイルの本領を発揮するのはここからなのだ。

 実はボイドは元刑事、退職したのも警察内部の汚職を告発したからだった。ボイドはその事を未だに偏執的に根に持つかつての同僚のバーンズ(ダン・ヘダヤ)と連行された分署で対面してしまう。そしてスキを見て署を逃げ出し、再び娘を追いかけ始めたボイドをバーンズが追いかける。ここから始まるしりとりのような追いかけっこの連鎖こそが本作たるゆえん、他のどの映画にもないユニークな唯一無二の躍動感がここから生まれる。

 街中でボイドを見つけたバーンズが抜き身のショットガンを通行人にもなりふり構わずぶっ放すシーンの凄まじさ。すんでのところでこれをかわしたボイドは、逃げるガスと接触したお姉ちゃんに会うたアダルトショップがひしめく42丁目へと向かう。本作が素晴らしいのは追っかけの連鎖だけではない、全てのカットに他では見られない活力がある、そしてキャメラを現場の只中に持ち込み、実況中継さながら望遠レンズでニューヨークを切り取ったフレームにひしめく街や人それに風俗、その全てが驚くほどヴィヴィッドに生き生きと息づいている。

 覗き部屋でボイドは暴れ、つまみ出されるが、それを見かねたお姉ちゃんから(この覗き部屋のくだりには、実際の当時のハードコアのポルノ女優のお姉ちゃんたちが何人も出演している)もらい受けたネームプレート。それが男が飼っている犬をもらい受けた動物管理局のものであることが分かる。

 次いで向かった動物管理局の女性職員のマリア(ジュリー・カーメン)の協力を得て、娘を誘拐したのがガスであることを突き止めたボイドはマリアと共にガスの元へと向かうが、またしても今度はマリアに因縁のあるマイノリティーストリートギャングたちがボイドを追いかけ始める。二重三重に沸騰点までヒートアップした追跡劇の結末やいかに・・!

 このマリアもそうだが、プエルトリカンのタクの兄ちゃん、漢気あふれる黒人の女性ドライバー、そしてポルノショップのお姉ちゃんまで、皆がボイドを助けてやるのがいい、ここには、このニューヨークには血の通った人間が溢れている。

 この映画のギラギラとしたグリッティな剥き出しの感覚は、どこか70年代のイキのいい日本映画を思わせる。とにかく冒頭からノンストップの感覚に圧倒され、エンディングまで駆け抜けてホーっと息をついて、こういうビートの映画を見たかったんだヨ、と快哉を上げたい人には是非、見てほしい傑作。ところが本作、本国アメリカですら未だにDVD化されていない一つの幻の作品。最近、YouTubeにビデオ版がUPされているのを見つけ、何十年ぶりに見たが、シャープネスなど望むべくもないボンヤリした映像にもかかわらずそのエネルギッシュな熱量にはいささかの衰えもなかった。

 みんなのDVD化の熱望がようやくかなった「ローリング・サンダー」のようにいつの日かDVD化して欲しいものなのですヨネ~

負け犬さんのメキシコからハリウッドにやって来た怪童がいきなり遺憾なく実力を発揮していてビックリしたなあ~もうという件「ミミック」

みんな大好きボクも大好き、やんちゃな映画小僧ギレルモ・デル・トロ。そんな愛すべき怪童のハリウッドデビュー作はやっぱりスゴかった

(評価 74点) 

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負け犬が所有する本作のDVD、実を言うと10数年近くもDVDボックスに眠ったままになっていた。そもそも、「ブレイド2」に仰天し、その時、初めてギレルモ・デル・トロの存在を知った。それから間もなく本作「ミミック」が、その気になる男のハリウッドデビュー作であることをどこかで聞きつけ購入したものだったと記憶する。

 しかし、購入時に見た時は、つまらなかったんですよね~これが・・。そのためあえなくDVDボックスの奥底に撃沈したという次第。

 かくして20年近くの月日が流れ、その間にデル・トロも数々の作品をモノにし、アカデミー賞の座にも登りつめ堂々たる監督になった。でも、デル・トロはリスペクトというよりやっぱり愛すべき監督でいつも気になる存在だ。というわけでフトした拍子にこの作品のことを思い出し、沈没したサルベージ船を引き上げるが如く再び本作を見た次第。

 ところが何と何と、20年前の印象は一体何だったんだという位、面白かったのですよ今回は・・何故だろう?思えば今は、その屈託のないキャラクターも知っている。そして、つとに有名になった、デル・トロが自作の構想を自由奔放に書き付けるスクラップブックとでもいうべきデル・トロ・ノートの存在も知っている。映画を作るクリエイターの人となりを良く知った今の目で見てみると、本作がデル・トロの合言葉ともいうべきキー・ワードに満ち満ちた映画であることに改めて開眼させられた。

 まず第一のキー・ワード何といってもクリーチャー。それも本作、思いっきり虫にベクトルを振り切っています(多分、虫フォビアの人はいきなり脱落するでしょう)次いでゴシックテイスト、グロテスクな描写、エグイ内臓、地下の迷宮にと、挙げていけばキリがないくらい。

 お話しはといえば、子供たちが侵される伝染病が蔓延、昆虫学者のスーザンはDNA操作で新種を創成し捕食者として利用することで、そのウィルスの媒介源のゴキブリを駆逐しようとする。作戦は成功し、事態は沈静化するが、その新種は地下で密かにミューテーションを繰返していた。かつて「ユダの血統」と名付けられたその新種は、やがて人間もどきに擬態する術まで身に付け、人々を襲い始める、とまあドン引きするくらいのベタなパニックホラーの王道。

 しかし、デル・トロは、ハリウッドデビューの気負いなど微塵も感じさせず、この王道を実にのびのびと、また時には、熟年の職人を思わせる巧みさで突き進む。

 本作、ベタなパニック・ホラーのせいか、登場人物もやたらと多い。しかし、程よく描き分けられ整理されたその人物たちが中盤以降、地下鉄に集結し、後半は「ブレイド2」にも出て来た迷宮のようなその地下鉄の構内で新種相手のサバイバルを繰り広げることになる。

 前半、人間もどきに擬態したその姿が、まるで無声映画の「吸血鬼ノスフェラトウ」を思わせるようなシルエットとしてしか描かれなかった「ユダの血統」が、中盤、地下鉄の駅のホームでいよいよスーザンの眼前で昆虫の姿にメタモルフォーズする。そして、スーザンを襲ってそのままその身体を鷲掴みにし飛び去るシーン。ここなどさぞかしデル・トロが嬉々として作っていたんじやないかと、見ていて嬉しくなったりもした。(この時点ではまだCG技術はローテクの域を出ていなかったはずだが、本作の、ミニチュアも巧みに組み合わせたCGは今見てもまったく遜色がない)

 今回見て、そのフォーマットをハリウッドのベタなパニックホラーの型に敢えてはめながらも(おそらく20年前は定型的にしか感じられなかったからツマらなく感じたのではなかろうか)自分のテイストをふんだんに盛り込みキッチリと落としどころをエンタメに据えているところに実に感心した。やはりメキシコの怪童はただ者じゃなかった。

 最後に、本作、クレジットタイトルからもロブ・ボーティンを始め、錚々たる面子と数のスタッフたちがクリーチャーの造型に関わっていることが分る。おそらくデル・トロはここでもあの構想ノートにそのデザインの数々をイタズラっぽい目をキラキラさせて夢中になって描いていたのかもしれない。

 いつだって、そしてこれからもずっとデル・トロは我らが愛すべきクリーチャーなのだから。 

負け犬さんのジェームズ・キャメロンの20年越しの恋の成就が超つまんなかったからそもそもアニメやマンガのコンテンツ戦略について考えてしまったという件「アリータ:バトル・エンジェル」

日本のサブカルのマンガ、アニメのハリウッド実写映画化はことごとく失敗してるけど、本作はどうなのか?

(評価 20点) 

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木城ゆきと氏の原作「銃夢」はビジネス・ジャンプで連載が始まった時、たまたま第一話をリアルタイムで読んだと記憶する。確かに第一話は面白かったけど、各段、続きを読む興味も湧かなかったので、そのままにはなっていた。しかし、世間はそうではなかったようで、すぐさま海外版が出版され、ハリウッドはおろかあのジェームズ・キャメロンの耳目も集め、同氏が映画化プロジェクトに執心していることは都市伝説ともなっていた。かくしておよそ20余年にわたるキャメロンの長らくの本作への慕情がここに結実したのだ。

 この負け犬は、アメリカなどでは原作コミックよりも評価の高い1時間足らずのOVA版を既に見ていた。そのOVA版は「銃夢」のテーマや魅力、エッセンスがすべて50分のアニメで簡潔に表現されていた。

 さて、肝心の本作だが、見始めると既にして、そのOVA版をただなぞっているだけ感が半端なく、開始早々10分足らずでもうイヤ気がさしてきた。

 実のところ、これは少し前の「ゴースト・イン・ザ・シェル」でも全く同じだった。二作同じリアクションが続くと誰でもイヤでも考える。

 そもそもアニメやマンガの映画化って何のためにあるのだろうか?おそらくその作品のコンテンツとしての可能性をさらにマスマーケット的に映画ジャンルに応用しようという戦略だろう。

 しかし、原作のイメージが既にマスマーケットに浸透しきっている場合、それはとかくムズカシイ。原作と別物にすれば反発をくらう。しかし、原作と全く同じテイストを踏襲すればただのなぞりになりかねない。

 う~ん、でも本作は一応、ビジネスとして成功したから、とやかく言うこともないのかもしれないけど。ただし、コンテンツのリメイクには、やっぱり何らかのプラスアルファ、サムシングが必要だ。そういう意味では「ゴースト・イン・ザ・シェル」もそうだけど、本作は失敗しているように思うんだけどな~

 ただ、CGでコッテコテにお化粧して、豪華に見えるってだけじゃね~