負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の狂人暗殺に命を賭けて散っていったヒーローがナチスにいた件「ワルキューレ」

トム・クルーズ主演、トム様映画であってトム様映画ではない、戦争サスペンスの隠れた秀作(評価 76点)

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トム様なきトム様映画

 トム・クルーズといえば言わずもがなの泣く子も黙るビッグ・スター。オールタイムのマネーメイキング・スターといえば当然、その主演作は、スターを最大限にアピールする映画になってしまう。だから、トム・クルーズの主演作は多かれ少なかれ、おしなべて殿様映画ならぬトム様映画と言っていい。トム様が活躍し、トム様の笑顔で締めくくる、そんなトム様映画が、どれほどあったことか。SF映画ならどうにでもなるとばかりに、どちらを向いてもトム様トム様。トム様たちが大挙して金太郎飴のように出てくる「オブリビオン」なんて作品もあった。

 とはいえ、そんなトム様も、長いキャリアの中ではダウナーの時期もあった。ちょうど、本作製作の2008年も、トム様が、公私共に比較的、ダウン気味のバイオリズムに差し掛かっていたこともあり、その華やかなボックス・オフィスのキャリアの中で、ごく控え目な小ヒットにとどまった本作は、ほとんど目立たない作品になってしまっているのではなかろうか。しかし、本作は、そんなトム様が主演でありながら、ただのトム様映画にはなっていない、一本、芯の通った戦争サスペンスの秀作。見逃すには惜しい逸品となっている。

 

ヒトラー暗殺という歴史の闇

 本作がちょっと隅に置けない第一のポイントは、トム・クルーズというスターのバック・ボーンを得て、巨額の製作費を投入し、1944年に起きたヒトラー暗殺計画という史実を描くネオ・ドキュメントという、最近、ちょっと見られない硬派のエンタメ路線の映画であること。そして、第二に、ほぼ英語圏のアクターたちで、全員ドイツ人キャラクターを描くというボックス・オフィス的に極めてリスキーな試みを敢えて選択していること。やはりマーケットに完全にのっかたものより、攻めの姿勢のある映画の方が好ましいもの。

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 そんな本作、まずトム様が登場する北アフリカ戦線から幕を開ける。ほぼ、オール・アメリカンなキャストで、オールジャーマンなキャラクターを描くとなると、まず問題なのが何と言っても言葉の問題。現実を優先し、アクターたちにドイツ語を喋らせるか、それともインターナショナルな英語にするか。興行収入にも直結する大問題でもある。そこで本作では、ヒトラー暗殺を遂行した実在のシュタウフェンベルク大佐に扮するトム・クルーズが、最初は。ドイツ語を喋り、ヒトラーに対する杞憂の手紙を書くそのナレーションのセリフが徐々に英語に変わるという、ちょっと変わった配慮が成されている。

 そして、本編が幕を開けた後の、英米軍による空爆でトムことシュタウフェンベルクは重傷を負うが、ここでの空爆シーンの迫力もまた見物。

 その直後、右手、左目をも失ったシュタウフェンベルクヒトラー暗殺のシンパに加わり、ヒトラー暗殺計画という未曽有のミッションを遂行するため行動を開始する。

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 実在の人物の暗殺を描く映画と言えば、あのフランスの大統領ドゴール暗殺を描いたスナイパー映画の名作「ジャッカルの日」があった。ただ、あちらが、孤高の殺し屋ジャッカルに焦点を当てたメタ・フィクションなのに対し、こちらは1944年の7月20日という実際の歴史上のタイムラインに刻まれたX時間へ向けて刻一刻と進行していくネオ・ドキュメントということになる。それだけにジリジリと核心のイベントに迫る緊迫感は、こちらの方が上。本作はトムというメジャー・スターを主役に据えながら、決して余計な折り紙を加えることなくネオ・ドキュメントのそんな緊迫感を損なうことなく進行していく点が心地よい。

 

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 やがて、シュタウフェンベルクは、クーデター勃発の折に樹立した政権により、直ちにドイツ全土がベルリン直下の支配下に置かれるという「ヴァルキリー(ワルキューレ)計画」への署名をヒトラーから直々に得ることに成功するや、いよいよそのヒトラー暗殺を決行することになる。

 軍事作戦が早く切り上げられるという想定外の事態による最初の失敗を経た後、運命の7月20日、ヒトラー直参の作戦本部「狼の巣」での暗殺遂行のくだりとなる。シュタウフェンベルクは持ち込んだ爆弾を鞄に仕込み、ヒトラーたちが軍事マップを広げる作戦会議室へ進んでいくが、このくだりでの刻一刻とカットを積み重ねていく緊迫感の演出は実に見事。

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 やがて、鞄をテーブルの下に仕込むことに成功したシュタウフェンベルクが作戦会議室を出た後で、爆弾が爆発。ヒトラーの死を確信したシュタウフェンベルクはヴァルキリー計画の遂行を打電するのだ。

 

トム様の最後

 シュタウフェンベルクの決死の努力もむなしく、ヒトラーがここで生き延びたのも史実通り、本作が潔いのは、大スターのトム様を生かさず、忠実に、その後の「ヴァルキリー計画」の崩壊と、ヒトラー暗殺計画の首謀者たちの処刑を丹念に描くところ。そして、最後にはまさかのトム様も潔く処刑される。大スターだからといって逃げ延びるなどの折り紙を一切、付けないところは立派といえるでしょう。

 本作は、監督のブライアン・シンガーのこだわりで、ロケ地ひとつとっても極力、実際の場所で行われたという、確かにそれだけのこだわりの凄味は、画面上からも如実に発散されているのだ。

 

トリビア

 クライマックスの爆弾の爆発シーンでは、現実、ヒトラーや参謀たちが吹き飛ばされている。至近距離で強力な爆弾が爆発しながら、何故、ヒトラーは生き延びたのか?映画を見て疑問に思う人もたくさんいるはず。

 実はこれには理由がある。その秘密は軍事マップを広げたテーブルにあって、爆弾を置いたテーブルの脚が、細めの脚ではなく、がっしりとしたブロック状の頑丈な脚だったため、その陰にたまたま隠れるかたちで鞄が置かれたことにより、ヒトラーが、爆風の直撃を浴びずに生き延びることが出来たらしい。

 悪魔の寿命を延ばしたのが、何の変哲もないテーブルの脚だったとは、歴史のいたずらとはいつでも皮肉なものですよね~

 

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