負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の成り上がりのゴキブリがコンプレックスを爆発させてアイコンになった件「スカーフェイス」

ゴキブリは這い上がる、そして破滅する、誰よりも壮絶に。デ・パルマが描く破滅の美学は実はコンプレックスと近親相姦のリビドーの爆発だった

(評価 82点)

 A LONG TIME AGO・・・今からもう50年近くも前のこと、その頃はまだ若輩者でしかなかった一人のフィルムメーカーが一本のSF映画を作った。資金難とトラブル続きで何とか作り上げたその作品を、とりあえずフィルムメーカー仲間たちを集めて自分の自宅でお披露目がてら試写してみた・・。

 ところが、その評判たるや惨憺たるものだった。「何だこれは?」「ガキ向けの映画かよ」「ポンコツ映画」などと誰もが酷評した。中でもその映画をもっともコキおろした一人の気鋭のフィルムメーカーがいた。その男こそあのブライアン・デ・パルマだったのだ。

 その映画に出て来るレイア姫なるキャラクターのヘアスタイルを指差して「おいジョージ、何だあの頭は、ヘッドフォンかよ、あれは」と言ってデ・パルマはゲラゲラと大笑いした。そして、そのデ・パルマをはじめ誰もがその映画は間違いなくコケると予想した。

 だが、その年のクリスマスに公開されたその映画は映画産業におけるビジネスのパラダイムというものを根底から塗り替えるブロックバスターとなる。その映画のタイトルこそ「スターウォーズ」だった。

 かくして、その時を境にブライアン・デ・パルマは終生「スターウォーズ」コンプレックスに取りつかれてしまう破目になる。

 嗚呼、俺も「スターウォーズ」みたいに観客が列を成して劇場に駆け付け、莫大な興行収入を上げるブロックバスターを作ってみたい・・・

 しかし、出世作の「キャリー」を筆頭に、たまにヒット作が出ても、小ヒット止まり、そして、その直後には決まって大コケする作品を作ってしまう。その振幅を繰り返しながら、もがき、悩み続けながらキャリアを重ねて行ったのがブライアン・デ・パルマの映画人生だったといっていい。

 そんな悩み多きデ・パルマのスランプ時代に光明が差したのが、リメイクという活路だった。かくしてデ・パルマは本作、ギャング映画の古典「暗黒街の顔役」のリメイクの「スカーフェイス」に手を染め、その後、「アンタッチャブル」、「ミッションインポッシブル」といったリメイク映画を成功に導くことになる。

 渡米してきたキューバ移民のトニー・モンタナの成り上がり人生を描く本作は、もうコテコテのVシネマの世界。それでも、今ではすっかり映画史のアイコンとして定着したアル・パチーノ演ずる、珍妙なキューバ訛りのトニーの脂ぎったキャラクター像は、年代を経ても色褪せるどころか今でも燦然と輝いている。

 とにかくバイオレンスというイメージの強い本作だが、改めて見ると、3時間におよぶ尺の中で、バイオレンスどころか、アクションシーンも意外と少ないことに気付かされる。

 それでも少しも退屈しないのは、やはりゴキブリのように脂ぎって、コンプレックスの塊のようなトニーのキャラクターが鮮烈だから。そして、そのトニーの成り上がりをお約束通りに描いていく、ある意味Vシネマ的なチープの安心感なようなものがあるからに他ならない。

 でも、そのチープなVシネマの世界が、トニーが溺愛する妹ジーナが自分の相棒のマニーと姦通したことを知り、逆上した挙句マニーを射殺、廃人のようになったトニーの前で、ジーナがトニーの自分に対する近親相姦的な欲情を暴露するところで、一気にギリシャ悲劇的なオペラに豹変するところは圧巻そのもの。

 そして、映画史に残るラストのトニーの壮絶なる暴発シーン。トニーがM16マシンガンに装着したランチャーのグレネードでチンピラたちを吹っ飛ばし、次々と残りの麻薬ギャングどもをなぎ倒す。だが最後には硝煙の中で背後から撃たれ、のけぞってプールに落下。水面に浮かんで、たゆとうトニーの死体の上空にWORLD IS YOURSというネオンサインを掲げた飛行船が浮かんでいる鮮烈きわまりないラスト。そしてエイティーズを象徴するようなジョルジオ・モロダーイカす音楽。

 そのラストを永遠不滅に成し得たのも、結局、デ・パルマが根底に抱くコンプレックスを本作のトニーに託したからのように思えてならない。

 「キャリー」から始まって「殺しのドレス」「フユーリー」に「ミッドナイトクロス」、そして本作「スカーフェイス」から「カリートの道」に「アンタッチャブル」、はたまたデビューのアングラ時代まで追いかけて見た「ハイ・マム」や「悪魔のシスター」「ファントム・オブ・パラダイス」などなど。結局、自分の人生の節々で、この負け犬はデ・パルマがもがき、その方向性を模索し続けながら作って来た作品群にずっと寄り添い接してきた。今、思えば自分の人生はデ・パルマの映画とともにあったような気すらしてくる。

 そんなデ・パルマの映画人生もすっかり終焉を迎えてしまったような今、奇妙な寂しさを覚えるのはこの負け犬だけなのだろうか。

 ちなみに冒頭の「スターウォーズ」のルーカスの自宅試写会の際、「間違いなく本作は大ヒットするよ」と太鼓判を押した人間がたった一人だけいた。それがルーカスと親交のあったスティーブン・スピルバーグだったというのは有名な話。これも終生ブロックバスターに縁がなかったデ・パルマのコンプレックスに満ちた映画人生を象徴するような実に皮肉な逸話ですよね~