負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬の身の毛もよだつ荘厳なるオペラ「ザ・フライ」

グロ度も極致のゲテモノ素材をダーク・プリンスがギリシャ悲劇のような荘厳なドラマに仕立て上げた純愛ホラーの傑作

(評価 82点)

f:id:dogbarking:20210822134929j:plain

どこから見てもゲテモノに過ぎない映画が、途中から迫真の純愛物にメタモルフォーゼしていき、最後には目頭が熱くなっている稀有なる映画体験の妙味とはまさにこれ!

 マニアックな世界に耽溺している闇の世界の住人たち。本来、終生を闇の世界で全うするはずのそんなカルト作家と呼ばれるフリークスたちに、ちょっとした転機によって、スポットライトが当たることがある。

 あの「ブルーベルベット」で大ブレイクを果したデヴィッド・リンチがまさにそうだった。そして、変態監督として名高かったデヴィッド・クローネンバーグが一躍メジャーにのし上がる転機こそがまさに本作。

 本作のオリジナル「ハエ男の恐怖」は、子供の頃、TVで見たことがある。まるで円谷プロが製作したような着ぐるみ然としたハエ男が子供心に微笑ましくもあり、ラストの頭だけが人間になっているハエの変てこなイメージが、脳みそに刷り込まれたまま、作品自体はただのB級映画として忘却していた。

 しかし、それからン十年の時を経て、何の因果かリメイクされた本作。製作当時は、誰も何の期待もしていなかった雰囲気があったような記憶がある。ところが、出来上がった作品を見て誰もが驚いた。オリジナルとは桁違いにグロテスクなのに、余分なものが全て排除され、男と女の純愛に純粋ろ過された感動のドラマになっていたからだ。それは、ある意味、それまで誰も経験したことがないような映画体験でもあった。

f:id:dogbarking:20210822134956j:plain

 化学者セス(ジェフ・ゴールドブラム)と、とあるパーティで知り合ったジャーナリストのヴェロニカ(ジーナ・デイヴィス)は、その足でセスが実験室に使用している倉庫へ向かう。そこで見たのは、セスが発明した物質を転送できるテレポッドだった。ほどなくして愛し合う二人だったが、セスはヴェロニカの忠告を無視して、自らを転送させる実験を行う。成功したかに見えた実験だったが、転送の際、一匹のハエがテレポッド内にいたことから、セスの肉体に異変が生じ始め・・。

 ストーリーはオリジナルを踏襲しながらも、二人の出合いから、実験室での実験に、単刀直入にドラマが幕開けするストレートな出だしにまず引き込まれる。舞台もほぼその実験室に終始。クローネンバーグ自身が手掛けた、まるで舞台劇のようにシンプルな脚本がまずは成功の要因ではなかろうか。

 そして。キャストがまた素晴らしい。セスを演ずる、ハエ男となればこの人しかいないと思わせるような、ギョロ目も不気味な、エキセントリックで精力的なジェフ・ゴールドブラムに、異形の物へと変容していくセスを一途に愛するヴェロニカ役のジーナ・デイヴィスの二人は、アカデミー賞級といっていい。

f:id:dogbarking:20210822135043j:plain

 そして、何と言っても、中盤からセスが異形の姿に変容をはじめてからの独壇場といってもいいクローネンバーグの世界観の凄み。

 ハエと分子レベルで融合してしまったことから、セスが、まるで皮膚病に侵されたような姿から、徐々にグロテスクな物体へとメタモルフォーゼしていくプロセスへの異様なまでのこだわり。それと共に、最初はただの愛情にすぎなかったセスとヴェロニカの関係も、より強固な純愛へとメタモルフォーゼしていく不思議な世界。

f:id:dogbarking:20210822135103j:plain

 クローネンバーグは語っている。本作のテーマはまさにメタモルフォーゼそのものなのだと。妊娠したヴェロニカが、出産のオペで巨大なウジ虫を生み出す夢のシーンでは、そんなクローネンバーグが嬉々として産婦人科の医師を演じている。

 しかしながら、本作におけるグロテスクの度合いは、身の毛がよだつという言葉がピッタリする。だが、不思議なことに、異様きわまりない姿にセスが変容していく度に、目を背けたくなるのに、画面に釘付けになっていく自分に気付く。そして、それが頂点に達するのがクライマックス。

f:id:dogbarking:20210822135127j:plain

 ハエの分子との分離を試みる最後の転送実験で、逆に完全なるモンスターへとメタモルフォーゼしたセスが、唯一残っている理性で、自殺の幇助をヴェロニカに促すシーン。ここに至って、それまでグロテスクなゲテ物映画に過ぎなかった本作が、まるで荘厳なオペラのように重厚なドラマに一瞬にして変わるマジックを目の当たりにして、目頭が熱くなるのはこの負け犬だけではないはずだ。そのまま流れるエンドクレジット。本作は、まるでギリシャ悲劇でも見たかのように、それを呆然として見つめるという稀有なる映画体験が出来る映画と言えようか。

f:id:dogbarking:20210822135200j:plain

 しかし、そもそもオリジナルのリメイク企画を発案し、本作の製作総指揮を務めたのがコメディの帝王メル・ブルックスだったというのが実に不思議な話。しかし、思えば、デヴィッド・リンチがメジャーへの足がかりをつかんだ「エレファントマン」の製作総指揮も当のメル・ブルックスだった。

 異形のものと闇の世界の住人たちのそのルーツが実はコメディアンだったというのは、意外でもあり、実のところズバリと的を射ていると言えるのではないでしょうか。だってコメディアンたちも結局は、まともから逸脱した悲しきフリークスのようなものなのだから。