負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬は衝突で発情する!ようこそ変態たちの世界へ「クラッシュ」

世にもおぞましきフェティシズムの世界。変態たちが爆走し衝突するフェティッシュたちのエロとグロの狂宴

(評価 80点)

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変態の欲望に終わりはない。究極のエクスタシーを求め、何処までも突っ走る、エンドレスなるエロの世界。

 いずれ劣らぬクセ者揃いのアングラ出身の映画監督たち。なかでも変態というカテゴリーの分類でいえば、その筆頭にあげられるのは、デヴィッド・クローネンバーグだろう。クローネンバーグのトレードマークといえば、とりもなおさず、機械と人間の肉体が融合したようなドロドログチャグチャな造形物が醸し出す異様な世界観。TVのブラウン管から隆起してくる人間の顔。腹の中から突き出て来る臓器のような銃。ブルブルと小刻みに震え、最後に爆発し脳みそが飛び散るサイキックの頭。そして、アングラから一躍メジャーに駆け上がるブレイクポイントとなった「ザ・フライ」のハエと人間が融合したクリーチャー、といった具合に、そのドロドロの造型を挙げだしたら切りがない。

 そんなクローネンバーグがアメリカ文学史上もっとも危険な文学といわれるウィリアム・バロウズの代表作「裸のランチ」の映画化作品で、いよいよ正気と狂気のボーダーラーンをも跳躍した勢いで、J・G・バラードの、倒錯文学の極致ともいうべき原作の映画化に挑んだ本作。そんな本作は、ドロドログチャクチャのみならず、そこにフェティッシュたちのあくなき性への欲望と、怪我によるグロテスクな人体の傷跡のクローズアップまで加わって、人知の限界など軽々と突破したような異様きわまりないが、どこまでも魅惑的な作品になっている。

 世の中には、実際、とんでもない部類のフェチな人たちがいるのは事実なわけで、随分前のことだけど、新聞の三面記事の片隅に、”サドル男”のことが載っていた。盗みの常習者のこの男、実は、自転車のサドル専門の泥棒で、通りすがりに自分好みの自転車のサドルを見つけるや、辛抱溜まらず盗むという犯行を繰り返していたらしい。その挙句、あえなく捕まり、男の自宅からは膨大な数の自転車のサドルが出て来たという。そのサドル男にも一つのポリシーがあって、ビニール製のサドルには見向きもせず、盗むのは決まって、如何にも女性のお尻の臭いが染みついていそうな革製のサドルだけだったらしい。サドル男が、その革製のサドルの一つ一つを撫でまわし、舐めるようにして眺めながら、何をしていたかは、推して知るべし。

 人間のフェティシズムとは、かくも深遠かつ神秘に満ちたものなのだ。この「クラッシュ」のテーマも、そのものズバリのフェティシズム。しかし、そのフェチの対象は、自転車のサドルなどという生易しいものではない、凄惨きわまりない自動車事故なのだ。

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 映像業界で働くジェームズ(ジェームズ・スペイダー)とキャサリンデボラ・カーラ・アンガー)の夫婦は、刺激を求め、お互いが別々の相手とセックスするハッテン家の夫婦だが、求めるようなエクスタシーが得られずに悶々とする日々を過ごしている。ある夜、ジェームズは自動車で帰宅途中、誤って事故を起こし、対向車の男性を死なせてしまう。その時、対向車に同乗していたのが、女医のヘレン(ホリー・ハンター)だった。

 実はヘレンは自動車事故のクラッシュに欲情を覚えるフェチで、ジェームズもヘレンに誘われ、危険なクラッシュ・フェチの世界に引きずり込まれていく。

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 自動車同士が衝突する、その衝撃の強烈な体感に忘我の境地をさまよい、破壊されてひしゃげた車のボディや肉塊と化した人体にリビドーをたぎらせ、人間の身体に刻まれたグロテスクな傷跡を見て目を潤ませて興奮する。本作に登場するフェチたちは、もはやフェチのボーダーを超えた堂々たる変態といえる。

 そして、完全に日常世界から逸脱した、異形の変態のフェチたちが、カルトのように集い、聖地巡礼のように崇めるのが、伝説の俳優ジェームズ・ディーンの1955年の自動車事故という設定が奇妙なほど面白い。

 ジェームズもキャサリンも登場してきた冒頭からいきなり欲情している、キャサリンは、自動車のクロームの光沢に息をあえがせ、尻を突き出し、乳房をひり出し、別の男とセックスしている。ジェームズも撮影現場でアジア系の女性スタッフと激しく交わるが、お互い理想のエクスタシーではない。しかし、ヘレンによって自動車事故がもたらす快楽に目覚めた二人は、拘束具から解かれたように、フェチの世界へとひた走っていく。

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 実際、本作で描かれるこの世とあの世の境界すら超越したような変態ライフの描写は、既に限界突破の領域に達している。クラッシュ・フェチの仲間が集う家で、ヘレンを真ん中にしたジェームズが、同じクラッシュ・フェチで下肢に大怪我を負い大きなギブスを装着しているガブリエル(ロザンナ・アークェット)と一緒に、ヘレンを挟むようにしてソファに座り、普通の人間から見れば面白くもなんともない、自動車事故をシミュレーションで再現するテスト映像のビデオを三人で並んで見ながら興奮の域に達し、ハアハアと息をあえがせお互いの陰部をまさぐる異様としかいいようがないシーンなどを見ていると、自分まで、そっちの世界に連れて行かれそうになる。

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 そして、どんどんクラッシュ・フェチに変容していく夫のジェームズを、最初は遠巻きに見ていた妻のキャサリンまでが、いよいよ感化され、クラッシュ・フェチの仲間の一人ヴォーンの身体の傷跡を見て異様に興奮し、車の中でヴォーンとセックスする。その果てに、男と女のジェンダーの境界までをも超えて、ジェームズと、上半身に入れたばかりの車のエンブレムのタトゥーの傷跡も生々しいヴォーンとまでが男同士で交じり合う。

 カー・ウォッシュのレーンに入り、泡と蒸気に覆われた密室の中、まるで車のボディと融合した昆虫の交尾を思わせるその描写は、官能を超越した陶酔感すらある。また、グロテスクなほど下肢全体を覆ったメカニカルなギブスを装着したガブリエルとジェームズのセックスなど、本編で描かれるセックス・シーンの殆どは車中だ。

 血管のようにパイプがびっしりと天井に張り巡らされた駐車場の薄暗い空間、カー・ウォッシュのレーンで車のウィンドウに泡とともに打ち付けられる洗浄用のベルト、延々とエンドレスにハイウェイを流れて行く車の群れ。そうしたディティールを切り取るクローネンバーグの本作における映像は、それまでのキャリアで培ったテクニックの粋を尽くしたかのように、冴えに冴えている。テーマや描写は、ドン引きするほどの嫌悪感を催しても、この映像のクオリティーには抗えない。まさに本作は、クローネンバーグが心技体をきわめて、身も心も一皮むけた一作と言えるのではないでしょうか。

 自傷行為を繰返し、誰もかれもが足を引きずり、ヨタヨタと歩き、それでも究極のエクスタシーを求めゾンビのように一瞬の悦楽を求めるフェチたちの姿を見ていると、どこか不毛の今の時代をさまよい歩いている我々の姿にも見えなくもない。

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 結局、フェチの世界にハッピー・エンドなど有り得ない。危険なハイウェイでのチェイスの果てに車が横転した現場で、ジェームズとキャサリンがセックスし、欲望の連鎖に末路がないことを匂わせて本作は幕を閉じる。

 我々皆が、一つ間違えば変態スレスレのフェチにもなりかねない危うい存在だとすれば、サドル男の自転車のサドルのように、その引き金となる性的リビドーをもたらす対象など、日常生活の何処にでも転がっている訳で、本作を見ていると、退屈な日常も、何らかのスィッチを入れてしまい、性的リビドーのトリガーをいつどこで発動させてしまわないかとヒヤヒヤするスリリングな毎日へと、考え方次第では変わって来るとも思えて来る。

 ひょっとすると、こうしてブログをしたため悦楽に浸っているこの負け犬も、もう立派なフェチなのかもしれないですね~