負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬は内臓がお好き「ヴィデオ・ドローム」

魔法の小箱ビデオ・カセットが溶解し、腹から半分内臓と化したドロドロのピストルが現れる。クローネンバーグのカラーを決定づけた溶解ホラーのピクトグラム

(評価 68点)

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これは特殊メイクの第一人者リック・ベイカーのテクニックのアラカルト!そのイメージの数々はもはやモダン・アートの領域に達している。

 デヴィッド・クローネンバーグが、その異能ぶりと持てるアブノーマルなパワーを一躍、世に知らしめた代名詞的本作。時はビデオ全盛期の80年代。一本のビデオが引き起こすビデオ・シンドロームによって、一人の男が狂わされ、その肉体までグロテスクにメタモルフォーゼしていくカルト作だ。今や化石ともいっていい、アナログなビデオというメディア媒体こそが本作の主役といってもいい。

 だが、しかし、そもそも、このアナログなビデオ・カセットというやつを実際に見たという人も、このデジタル・エイジの時代、悲しいかな、少なくなっているのではないでしょうか。

 この負け犬なぞ、モロにこのビデオ世代だったわけで、本作に対する思い入れも、その実物を知っているか知らないかで変わってくるように思える。現に、この負け犬でも、デジタル・エイジにどっぷり浸かった現在、改めて見てみると、本作は、やはり何かとついていけない部分があるのが確か。本作もブレイクしたのは、劇場の公開ではなく、ビデオ化されてからだった。この映画自体、いわばヴィデオ・ドロームという一つの現象だったといえる。しかし、何よりも再見して思ったのが、ホラー的な面白さというより、その際立ったモダン・アート的な面白さが出色なことだった。

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 公開当時も、愛読していた「スターログ」誌で、大々的にスポットライトが当てられていたのが、特殊メイクの巨匠リック・ベイカーによるそのSFXだった。実際、完全なアナログによる特殊効果は、今見ると手作り感満載で、そのグロテスクなクラフト感覚が何とも楽しく、本作自体、そうしたビジュアルが満喫出来る映画になっている。

 みるみるうちに膨張していくTVの表面に、まるで生き物のように浮き立つ血管。TVのフレームをはみ出し、風船のように膨れ上がるブラウン管。そのブラウン管に映し出されている唇に飲み込まれていく人間。しかし、一見、アホらしいとも思えるこうした表現の勢いだけで一本の映画に仕立ててしまったクローネンバーグのいびつなエネルギーもある意味、また凄かった。実際、今見ると難解としか思えないこの映画を、こちらも怒涛のように巷にあふれ出していたビデオ時代の空気感だけで、それなりに納得して、吸収していたように思える。

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 とにかく、本作を見ると、不思議なことに、あのビデオというやつへの奇妙な郷愁が何故かとめどもなく湧いてくるのだ。

 元々、白黒テレビという化石すら、子供時代にリアル体験してきた人間にとって、一度見た映画を、もう一度、見るなど夢のまた夢で、映画館で見た映画ともう一度出会えるのもTVの洋画劇場だけだった。だから、お目当ての映画がTVの洋画劇場で放送されるやもう、ブラウン管にかじりつくようにして見ていたのだ。それこそ、まさに本作の主人公マックス(ジェームズ・ウッズ)が、ブラウン管に映し出される恋人ニッキー(デボラ・ハリー)の大写しの唇に引き寄せられていくかのように。

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 そんな時、庶民にも普及し出していた家庭用のビデオ・デッキがようやく我が家にもやって来た。その時の嬉しさたるやもう、まさしく夢のようだったのを今でも覚えている。当時、我が家で購入したのがベータ・マックス規格のデッキ。そして、本作「ヴィデオ・ドローム」に出てくるのも、ベータ・マックスのビデオなのだ。

 ケーブルテレビの番組製作会社のCEOマックスは、ある日、制作部のセクションの人間から、スナッフ・ムービーまがいの拷問映像を見せられ、そのリアルさに釘付けになる。マックスはその映像を自社の目玉のコンテンツにしようと、映像を自宅に持ち帰るのだが、やがて、その映像が現実世界にまで浸食し出していることに気が付く。さらに、実はその映像が、とある科学者が作り出したヴィデオ・ドロームなる実験映像であることを知るにつけ、自らの肉体そのものが変容をきたしていることを知覚する。

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 ここからのストーリーなどあってなきに等しく、ひたすらクローネンバーグの感性のみで突き進む。マックスの腹にパックリと開いた傷口、そこに右手を突っ込むと、半分溶解し、右腕と一体化した拳銃が出てくる有名なシーン。まったく意味不明なのだが、それを見るこちら側も、特に拒絶感を抱くこともなく、ただ口をあんぐりと開けて見るしかないのは、一種の体験と言ってもいいのではなかろうか。

 恋人ニッキーに扮するのが、ロック・シンガーとして妖艶な魅力を振りまいていたデボラ・ハリーというのが、また本作にはピタリとはまっている。そのハリーが惜しげもなく晒してくれる肢体もまた見物。やがてマックス以上に、ヴィデオ・ドロームに魅了され、とうとうその世界に取り込まれ、住人と化していくニッキー。そして、マックスもまた、カルトの洗礼をうけたかのように狂気の淵に入り込み、その肉体もろともヴィデオ・ドロームに侵されていくのだ。

 しかし、映画とは関係ないけど、今、思っても残念でならないのが、愛用していたベータ・マックスがVHSというスタンダードな対抗馬の規格に、マーケティングの世界で敗れ去って、消滅してしまった事。ベータが特に優れていたのが、何と言ってもVHSよりも一回り小さいのに、画質が格段にキレイだったこと。しかし、VHSが打ち出した、画質よりも長時間録画優先の路線の前にあえなく負けてしまった。

 今でも、あのビデオを巻き戻すキューイーンという音が懐かしい。そして、哀しいかなビデオというやつは、たまにヘッドに絡まってワカメ状態になってしまう事が良くあったのです。ある日、いつものように兄貴のエロ・ビデオをこっそり見ていて、巻き戻しボタンを押したらガジャガジャというスゴイ音がして、見事にワカメになってしまった事があった。その時の心臓が止まりそうなほどの、胸のわななきは、今でも憶えている。そのまま何食わぬ顔で、元の場所に戻して置いたけど、お互いバツが悪いから何となく時効になってしまったのも一つの思い出だ。

 ネットにスマホ、今や様々なメディアのサブカルチャーがコンテンツとして流布しているけれど、このヴィデオ・ドロームはそういう意味でも一つの先駆だったのかもしれない。