負け犬のジャパニーズのウェットな美と因習のエンタメ化に成功した巨匠市川崑による金田一シリーズのベストワン「悪魔の手毬唄」
息を呑むような日本の風景の美しさに畳みかける謎の連鎖。そして、金田一と磯川警部の厚き友情と儚いロマンスに涙までする、紛れもない金田一シリーズのザ・ベスト
(評価 84点)
市川崑の美学
日本映画史にその名を刻む巨人は数あれど、その作品の多彩さ、数の多さ、晩年まで決して衰えを見せなかった長きにわたるそのキャリアといえば間違いなく市川崑ということになるのではなかろうか。
多才きわまりない、その世界で、この負け犬にもっとも印象深いのが、実は映画でなく、TVの木枯し紋次郎シリーズ。子供の頃に見たその紋次郎で、はじめて映像というものの魅力に開眼したといって差し支えない。そしてそのクリエイターこそが市川崑だった。
瑞々しい息を呑むような日本の原風景。そこにポツンと佇む点景人物を捉えたロングショットの美しさ。小さなブラウン管で食い入るように見ていた木枯し紋次郎のその映像の数々は、ある意味、トラウマといっていいほど、そのインパクトがこの負け犬の脳裏に焼き付くことになる。
そして、それから数年後、さらに市川崑から強烈なインパクトを授かることになる。それが、角川映画が打ち出した後年まで続くことになる金田一耕助シリーズの第一作「犬神家の一族」。しかし、本作で受けたインパクトは映画そのものではない。もっとも強烈で改めて市川崑の魅力を思い知ったのが実はタイトル文字の明朝体のレタリングの美しさだった。
そう、その時、はじめて市川崑がそのキャリアを通じて明朝体の美学、日本の文字の美を追い求めていたことに気付かされた。
そして、一作目「犬神家の一族」の大成功を経て、作るべくして作られた本作。二作目という事で、とかく柳の下のドジョウ的な扱いの本作だが、その実、本作こそが紛れもなく市川崑が手掛けた金田一シリーズの最高傑作と言っていい。
因習の美学
日本の原風景の美、そして様式的なレタリングの美学にこだわる、研ぎ澄まされたようなスタイリッシュな魅力に満ちた本作。143分という長尺なのにいつも見始めた途端、みるまに時間が過ぎて、ラストには必ず泣かされてしまう。
そんな本作、やはり開巻から惹きつけられるのが横溝文学ならではのあのどろどろとした世界。お馴染み石坂浩二扮する金田一耕助が訪れた、ひなびた田舎町の亀の湯という温泉宿で今回、関わるのが、20年前に迷宮入りした事件、そのイントロダクションを司るのが若山富三郎扮する磯川警部。本作、このイキのピッタリ合った両者の名演も実に見所。
以降の展開は横溝正史の世界を地で行くような、ドロドロとした日本ならではの因習と怨念が渦巻くいつもの世界。
前作、「犬神家の一族」同様、そしてまたアガサ・クリスティー映画同様、キー・パーソンとなるのは大女優とくれば、犯人は推して知るべしというわけで、岸恵子他の大女優の顔ぶれを見れば一目瞭然、なのだが、原作者横溝正史も自認する通り、本作は横溝文学の中でもベストといっていい。犯人が誰かではなく、その動機、そして犯行の顛末と鮮やかなトリック、それをとりまく人間関係など、すべてが破綻することなくまとまって、ラストのお定まりの金田一の解説で、何の違和感もなく納得させられる。
そして、本シリーズの例に漏れず、とにかく登場人物の多い本作だが、はて?あの人は誰だっけ?と決してならないのは、市川崑独特の、サブリミナルのような登場人物のカットバック技法のおかげであることに、見ているうちに気付かされる方も多いはず。
本作のラスト。磯川がSLに乗って去る金田一を見送る。独特な日本の景色をバックに走るSLの姿に、あらためて日本の美の豊かさを感じ入る人も多いはず。
そして、超ロングショットに黒いマントを羽織ってポツンと佇む金田一の姿に、道中合羽を羽織って歩く木枯し紋次郎を重ね合わせる人も、この負け犬と同じ昭和世代の人たちならきっと多いに違いない。