負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

木枯し紋次郎 第十ニ話「木枯しの音に消えた」 初回放送日1972年4月15日

あの紋次郎はニセモノだった

 

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<紋次郎は、かつて手負いの自分を助けてくれた浪人を尋ねるが、茶屋の主人から死んだと聞かされる。実は紋次郎が吹く木枯しは、その浪人の娘のお志乃が教えてくれたものだった。お志乃の消息を求める紋次郎は、お志乃が女郎として田丸屋で働いており、近々身請けされることを知る。しかし、向かいの宿のお豊はそのお志乃が一年前に死んだというのだが・・>

 

 因縁の第八話「一里塚に風を断つ」の立ち回りの撮影中、中村敦夫はアキレス腱断裂という重傷を負い、やむなく撮影現場から離脱した。当時、現場はそのフォローに大変だったが、功を奏したのが紋次郎のあの特徴的ないでたちだった。

 あの紋次郎独特の、メキシコのソンブレロのような三度笠。当時の時代考証的な面からは、ほぼ有り得ない大きさ、それにその丈が異様に目深なのも面長の中村敦夫の顔のフォルムに合わせたものだった。而して中村敦夫であっても三度笠を被れば、まず顔はシルエットになってつぶれてしまう。本シリーズではそれがビジュアルの造型に役にも立ったが、結局、ところどころで代役のスタントを使うのにも役立ったわけである。

 復帰後の撮影となった本作だが、さすがに全シーンの撮影は無理だったと思われ、前半はお志乃をめぐる回想のシークェンスということもあり、ほぼ全面的にスタントが紋次郎の代役を演じている。注意深く見れば分るものの、目立つ違和感はない。

 そうしたデメリットが見受けられる本作だが、紋次郎の最大のトレードマークのあの長楊枝と木枯しの音のルーツが明かされる重要なエピソードであり、紋次郎が姉の存在にも似たお志乃を探し求め、ようやく思わぬ形でめぐりあうラストで描写される情感の素晴らしさは、シリーズ随一ともいえる仕上がりとなった。

 長い年月を経て互いに孤高のアウトローとなった二人が、会うともなく別れるべくして別れるラスト。紋次郎の背中に向かいお志乃が言う

「紋次郎さん、あんたの知ってるお志乃のキレイな思い出だけを持って行っておくれよ」

それに応え紋次郎はこう言うのだ

「おめえさんのことは思い出しもしないが、忘れもしやせん」

ほんの一時だけ通い合った感情もこうして木枯しの音とともに消えるしかないのだ。何度見ても胸が熱くなる名シーンである。