負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬が流したあたたかい涙でハンカチがしとどに濡れた件「幸福の黄色いハンカチ」

健さん、鉄矢、かおりの心地よいアンサンブルに笑いと涙が止まらない、やけっぱちの優しさと人間の温もり、そしてラストの号泣。これはもう心のジェットコースターだ

(評価 86点)

 映画は人間が作るもの。人間の役者の喜怒哀楽が奏でるアンサンブル、そして、その喜怒哀楽をじっと見つめる監督の優しい眼差しこそが映画に違いない。だからこそ、老若男女を問わず笑い泣ける。とすれば、本作はまさに映画が到達した一つの理想の境地と言えるのではないだろうか。

 人間がふとした拍子に故郷を思い返すように、ふと手に取って見てみたら、そこはもう笑いと涙のオンパレード。そして、プログラムピクチャーでその手腕を培った巨匠、山田洋二の筆の冴えに改めて唸らされた大傑作だった。

 その山田洋二監督が、これはと目をつけて役者に抜擢した武田鉄矢が冒頭からとにかく笑わせてくれる。思えば、鉄矢が演ずる情けない若者像は70年代の一つのエンブレムだった。

 その鉄矢演ずる花田欽也が失恋でやけっぱちになって、有り金はたいて買ったファミリアで北海道に突発的に旅立つところから始まる本作。その旅先の北海道で、同じく失恋の傷心旅行でやって来た朱美(桃井かおり)をナンパ同然に無理やり道連れにする。同じ頃、網走から出所した島勇作(健さん)にアベック写真のシャッターを押してくれと頼んだことから知り合って、聞けば、どうやらその中年男、勇作は訳アリで、今も未練がある別れた妻の光江(倍賞美津子)が勇作の帰りを待っていてくれているらしいことが分かり。そして、映画は誰もが知っているエンディングに向かって行く。

 とにかく本作は何から何までベタベタな分かり切ったロードムービーなのだ。勇作の妻、光江が今も勇作のことをあきらめずに待っていてくれる。その目印として黄色いハンカチを掲げておいてくれとなれば、もうラストも言わずもがなで分かり切っている。でも、実際、そのラストで、風にはためく黄色いハンカチを目の前にすれば、堪らずに泣いてしまうというのは映画の一つのマジックではなかろうか。

 そして、全編にわたって繰り広げられるこの健さん、鉄矢、桃井かおりの実にナチュラルなアンサンブルのこの上もなく素晴らしいこと。本作はラストに至るまでのこの三人のナチュラルな掛け合いの妙味に笑わされ、泣かされる映画と言っていい。

 挙げればきりがないけれど、まずは、出所した健さんがぶらりと入った食堂で、出所後のビールを飲み干すシーン。拝むようにコップを両手で掴み、一気に飲み干す。長いムショ暮らしの悲哀が一気にこちらに伝わってくる。

 そして、本作でそのパーソナリティーを独壇場のように発揮した鉄矢。鉄矢とかおり、そして健さんの三人で、食堂でカニを食いながら、桃井かおりとバカ話にこうずるシーンの何とナチュラルなこと。とにかく、ことごとくこちらに刺さるほどにダメさが半端ない鉄矢が織りなす笑いは爆笑物で、実に自然な桃井かおりの演技とマッチして役者たちが織りなす至福の時間を全編にわたって味合わせてくれる。

 エンディングにしたって誰でもそうなることは分かる。でも、プログラムピクチャーで長年、庶民の笑いや悲哀を描いてきた山田洋二の筆さばきの確かさゆえか、そのエンディングに至るプロセスを、時間を忘れ、息を呑んで見つめてしまうこの不思議。そして、その分かり切ったエンディングに到達した時の得も言われぬカタルシス

 思えば、エンディングは本作のポスターでちゃんと明かされてある。それはいわば山田洋二監督の観客に対する宣戦布告、分かり切った映画で唸らせて笑わせ絶対に泣かせてやるという圧倒的な自信の表れに他ならない。現に、本作では誰もが山田洋二監督の術中に嵌って手もなく泣かされてしまうのだから。

 そういえば、あの「ロッキー」も、ロッキーとエイドリアンが手をつないで歩いていくシルエットのポスターにエンディングがちゃんと明示されていた。そして、誰もがその分かり切ったラストを見つめるためだけに映画を見た。

 本作のような作品を見たらつくづく思う。映画はマジックだ。そしてそのマジックを実現するものこそ血の通った人間の演技なのだ。CGでただガチャガチャやるのが映画などではない。映画は人間だ、そして、人間こそ映画そのものなのだ。ただ、騒々しいだけのハリウッドの作品群ばかり見せられている昨今、本作はまるで一服の清涼剤と言っていい。

 そもそも人生に捻りなどない、分かり切った結末に向かって進んでいく。結局、映画もそうなのでしょう。良い映画こそ捻りなんてものはない。思えば良い映画はすべて、どストライクな直球のストレートばかり。人生に変化球など必要ないということか。

 曲がりくねってひねくれた人生ばかり歩んできた負け犬の、余生の人生もこうありたいものですよね~