負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬はふたりぼっち「太平洋の地獄」

戦争が生んだ究極の『ぼっちキャンプ』は一人ではなくふたりぼっちのサバイバルだった!

(評価 78点)

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古今東西の昔から負け犬というのはひねくれものと決まっている。だから映画も一風変わったシュールなものが好きなのだ。ところが、負け犬が昔から偏愛する本作は、一風変わったどころの話ではない、101分の上映時間のその全編通して登場人物がたったの二人しか出てこない。たったふたりぼっちで生き延びるそんな映画をご紹介。

 第二次大戦下、南太平洋の無人島に、一人の日本帝国海軍の黒田大尉(三船敏郎)という人物が流れ着き、生きるためのぼっちキャンプ生活を送ることに。そこへ、今度は、米軍のパイロット(リー・マービン)がラフトでその島に流れ着いてしまった。

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 孤島のたった二人の敵味方、こんなユニークな設定で、抜群に面白い映画を作ってしまったのは、後に映画史にも残るサスペンス・ホラーの大傑作「脱出」を撮ることになるジョン・ブアマン。何せ日米の軍人同士、セリフの応酬など有り得ない。そこでものを言うのが映像ということになる。ブアマンは、前作の「ポイント・ブランク」で随所に見せた才気走ったカッティングを本作でも存分に見せ、たった二人のシュールそのものの映画ながらも最後まで見るものを決して飽きさせない。

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 戦争は悲劇だが、終戦を知らずたった一人でグアムの山中を二十余年も生き抜いた横井庄一のような悲喜劇をも生み出す。本作もまさに戦争が生んだ悲喜劇といえる。

 本作の悲喜劇がユニークなのは、どこかサバイバル・マニュアルとでもいうべきテイストが随所に感じられること。一応、先に流れ着き、ぼっちキャンプも板に着いた三船と、右も左も分からないリー・マービンとの間に、真っ先に起るもの。それは水をめぐる戦いなのだ。三船は、原始的ながらも、ちゃんと水をプールしている。喉の渇きで絶命寸前のマービンが狙うのがその水だ。空き缶をガンガン叩いて眠らなくさせる、木に火をつけて燻し出す、果てはオシッコをひっかける。どこかスラップスティックなほどのその水をめぐる攻防は見ていても笑える。

 水の入手に失敗し、あわやという時、天の恵みのようなスコールによって渇きをしのぐマービンを次に襲うのが飢えである。ここでも三船は器用に魚をゲットしてマービンにサバイバル・スキルの高さを見せつける。

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 そんな攻防の末に、スキをついたマービンによって立場が逆転し始めた頃から、ついに悟るのが、本当に生き残り、島を脱出するには、とにかく二人が人間として協力をしなければいけないということだった。

 昔から手元に置いて手放せずにいる一冊の本がある。グアムのヨットレースに参加した際の事故により遭難し、救助用のラフトに乗って、たった一人で二十七日を生き抜いた佐野三治氏が書いた「たった一人の生還・「たか号」漂流二十七日間の闘い」という本である。

 最初は六人で乗っていたラフト。しかし、一人づつ死んでいき最後は著者一人となる。そして、たった一人でその小さなラフトの中で生き抜く。この本の中で、徹底的なまでに描かれるのが渇きの地獄。砂漠ではなく、周りが全て水だというその悲喜劇の中で語られる水を求める人間の悲痛な欲求が、こちらにまでストレートに伝わってくるのだ。

 作中、ラフトに偶然、止まったカツオ鳥を生で解体して食うくだりも、実に印象的。この本を読んでいたら自分が実地にサバイバルを送っているような感覚すらしてくるほどだ。佐野氏は運よく、二十七日間を生き抜き海から助け出されたが、映画の三船とマービンは生きるために、二人で協力し、竹を切り出し結わえながら即席のヨットを作り上げ海へと乗り出していく。

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 このハンド・メイドのヨットのリアリティ、荒波に抗って外洋に二人で乗り出すシーンも実にいい。全編通して過酷なロケ撮影(四か月にも及んだという)だったのは誰でも映画を見れば手に取るように分かる。キャスト、スタッフともどもこの映画の製作自体、サバイバルだったのではないだろうか。

 国際的スターの威光なんてものをかなぐり捨てた、髭面でボロボロの三船が。シャコみたいな貝を生で貪り食うシーンのすがすがしいまでの生命力には何回見ても感激する。色々な見方が出来る、戦争映画というジャンルのみに留めるのは惜しい作品。

 過酷な自然環境のみならず、現代をも一人で生き抜くサバイバル志向の方には必見の名作です!