負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のダーティハリーは完全無欠のエイジレス!「アメリカン・スナイパー」

実在の伝説のスナイパー、クリス・カイル。そのバイオグラフィをスキのない絶妙な演出で作り上げたのは何と84才の監督だった!

(評価 82点)

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 照準を定めるスナイパー・ライフルのスコープの視界に入って来たのは年端もいかない少年だった。しかし、その少年は母親から渡された手りゅう弾を手に、眼前に居並ぶ米軍の兵士に向って走っていく。撃つべきか、撃たざるべきか、ライフルのトリガーにかかったスナイパーの指に力がこもる・・・。一瞬にしてテンションのボルテージが高まる、こんな緊迫したシーンからいきなり始まる本作は、とにかく絶妙に構成が上手い。そしてイーストウッドが84才にして、とても常人とは思えないほどのエイジレスぶりを否応なしに見せつける驚異の作品と言える。

 実際、本作を見た人で、今見た映画の監督の年令が84才の人間だということを想像できる人は、おそらくいないはず。静と動のシーンを使い分ける巧みな構成、そして何よりもその動のシーンでの緻密でパワフルなダイナミズム。本作が戦争映画というカテゴリーにおいて、米国内での興行成績が、あのエモーショナルな感動作の「プライベート・ライアン」を凌いだのも、ひとえに、この演出の完成度の高さからくるクオリティーの賜物とも言えるのではなかろうか。

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 イントロのサスペンスフルなシーンから一転し、少年時代のクリスの足跡を辿るオーソドックス・スタイルなバイオグラフィ映画の本作は、戦争映画だが、戦争についての良し悪しなど一言も触れない。ましてやイラクにおける米国の所業についてのオピニオンなどまるで皆無。厳格な父親のもとで育ったクリスが、長じてロデオに明け暮れるカウボーイとなり、たまたまTVで目にしたテロ事件の現場に衝撃を受けSEALの一員となるまでの前半は、静のパーツ。しかし、本作が凄味を発揮しだすのは、中盤以降、日記のように淡々と描かれる、イラクへの従軍ツアーが、本国に帰還した際の日常描写を交えて繰り返し描かれる後半からだ。

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 資質があるからといって、スコープに捉えた生身の人間に向けて、弾丸を躊躇なく射出できる人間などいない。クリス・カイルが160人もの人間を射殺出来たのも、劇中でも原作でも触れられているが、敵をただの悪党だとみなすこと。そうでなければ引き金は引けない。そんなことは、ともかく、何度も描かれる、戦闘シーンの演出は、緻密且つ実に巧み。20代、30代の若手監督が演出したと言ってもいいほどのスタミナにも満ちている。

 従軍ツアーの合間に、帰還した本国で、PTSDをにおわすシーンを何度かはさみながらも本作は、決してペースを崩さない。戦争でも人間ドラマでもない、見ているうちに自分が感銘を覚えているのが、その決して崩そうとはしないペースであることに気が付いた。

 何度目かの帰還の後、再び、イラクへ赴くクリスで、本編は終わる。しかし、この映画はその後に、一つの奇跡が待ち受けている。映画の製作終了間際、当時、存命中だったクリス・カイル本人が死亡する。それもリハビリのサポート活動を行っていたPTSDの元兵士に射殺されるという衝撃的な事件。

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 そしてエンドクレジットで流れるのが、そのクリス本人の葬儀の映像のカット。そこで実在のクリス夫妻のスチルが映された瞬間、たとえドキュメントといいながら架空の世界のはずの先ほどまでの映画の世界と現実世界がシンクロするミラクルに、胸にズンと来るものを少なからず覚えた。

 見た後にその衝撃を反芻し、つくづく感じ入ったものです。そのズンが真摯に映画を作り続けてきたイーストウッドの拳の重みだったことを。

 確かに人間は年を取る、そして肉体は衰える。しかし、物を作るという情熱を胸に秘めた人間の内面は決して衰えることなどない。映画は人間を描くもの、そしてその映画を人間は作る。いや~映画って本当にいいものですよね~