負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬も今日からDIY!小市民が災害時に生き抜く法「サバイバルファミリー」

もしもこの世から電気が突如として消え去ったら!映画に学ぶ小市民のためのDIYなサバイバル講座 (評価 60点)

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我々のインフラに無くてはならない電気。その電気がある日、突如として消え去ったら?そんなとんでもない大災害に見舞われたある家族が目指すのは鹿児島だった?

 災害時に生き残れるか否かを分かつ3箇条

 その1 体温の確保

 その2 水の確保

 その3 火を起こすことが出来るか?

 ある日、突如として電気が消失するという、とんでもないパンデミックに見舞われた鈴木家が、高速道路上を自転車で一路、西を目指す途上、一組の家族と出合う。極限のパンデミックなのに何故か優雅に暮らすその家族が説得力たっぷりにレクチャーしてくれたDIYなサバイバルスキルが、この3つの心得だった。

 少し前、この負け犬が住む地域で暴風雨が吹き荒れた時、突如、パソコンの画面が落ち、一斉に停電するという事があった。電気が復旧するまでの時間は、およそ5~6分間程度のはずだった、それなのにその時間がとんでもなく長く感じられたのを今でも覚えている。途中、もしも、このまま復旧せず夜に突入したらどうなるのか?という不安が胸をよぎったことも。

 いくらヘタレで小心者の負け犬とはいえ、わずか5~6分でも、プチパニックになるのに、それが本作では、ある朝を発端として一年続く。

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 結論からいえば本作は、映画としては確かにサクサクと見ることが出来て面白い。もしも電気が消失したらという観点から、序盤に連鎖的に描かれるパンデミックのケース・パターンはアクチュアリティがあり、それなりに説得力もあって思わず引き込まれるものがある。

 しかし、本作の最大の問題点は、コンセントの電気のみならず、何故かスマホや電池の電気まで消失するその原因が、まったく何の示唆もされないまま、ラストまで進んでいくこと。要は、電気が無いというシチュエーションを、納得付くで、ご了承の上、見てくださいという、作り手側の観客に対するお願い的なスタンスが、どうやってもチラホラしてしまう残念感がありありになってしまっているのだ。

 本作自体、コミカルなテイストはあるけれど、完全なコメディというわけでもなく、パンデミックの際のケース・パターンの現実味をセールス・ポイントの一つにしてしまっている分、いっそうつらい。

 でも、例えばこれが電気ではなく、定番のゾンビ・パンデミックだったら、パンデミックがウィルスのせいだという単純明快な前置きが提示され、それを自然と納得の上で見るから、そんなわだかまりは一切ない。現に、本作も、途中ぐらいから、ゾンビもののパンデミックと大差ないルックスになってくる。

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 これは、おそらく別に映画に限らず小説であれ、マンガであれ、フィクションというものを作る、もっともムズカしいところなのでしょう。

 鈴木一家が一路、西へ、最終的にはお祖父さんのいる鹿児島を自転車で目指すくだりになってくると、シーンごとに疑問符が湧いてくる。

 途中、中四国地方で、養豚場を営む経営者と出合い、そこに滞在し、一時、衣食住をあてがってもらう。そこで、一息つくものの、この家族、およそ3ケ月ほどにもおよぶその道程が、ほぼ飲まず食わずのままペダルを漕いでいるだけなのだ、普通、まず、死ぬだろう?と誰もが思うはず。

 それに先立つ些細なことも実に気になる。電気を発端としてインフラそのものが崩壊し、水洗便所も使えないことは序盤でも既に描かれている。そもそも排泄はどうしていたのだろうか?水も紙も当然、いるよね・・?という具合。

 プリミティブなネイチャーライフ礼賛でオチをつけようとしている脚本も気になるところ。田舎だったら電気がなくても暮らせるよね(現に本編中では、鹿児島地方の人々はさして何不自由なく暮らしているように描かれている)って、結局、都会人の上から目線の驕りじゃないの、という気すらしてくる。だって、水道局が機能しないことは、前半で既に説明されている。どんなに田舎だって、水道がなければ暮らせないだろう。それとも海水を蒸留する技術を田舎の人なら本能的に体得しているとでも云うのだろうか?

 鈴木家の人々が、村の人と共に漁をして、日々をまかない、そんな田舎での暮らしにも慣れた頃、突如として、また何の理由なく電気が復旧する。そして、鈴木家にまた元の日常が戻って来るところで映画は終わる。

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 本作が製作されたのは今のコロナ過の予兆など微塵もない頃、本作製作後のこの僅か1~2年で世界は根底から激変した。考えてみれば、日々を普通に暮らす、その暮しそのものが今では一種、プチサバイバルな様相を呈している訳で、それにこんなイベントが加わればまさに悪夢以上の地獄絵図にもなってくる。

 というわけで、まずは防災グッズなどの日々の備えから、ということなのでしょうけど、本作のように長く続くパンデミックでは、焼け石に水だし・・う~ん、悩むところなのでしょうね~