負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬さんのプロジェクトリーダーはいい人であってはならないという件「アビス」

”サノバビス!”出演者たちは皆、異口同音にそう言って、この映画のことを口汚く罵った。でも、その結果、生み出されたのはとてつもない感動の塊という結晶だった。

(評価 84点)

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「エイリアン2」をヒットさせたジェームズ・キャメロンが、机の引き出しに描きためていたいくつものノートの中から、次なるプロジェクトとしてチョイスしたのは、海洋の深海帯に存在するエイリアンと人類との接近遭遇を描く壮大な海洋アドベンチャーだった。また、それは同時に、少年時代にのめり込んだダイビングへの愛情をストレートに表現するというパーソナルな作品でもあった。

 かくして製作を開始したキャメロンの前に立ちふさがったのが、本編の90%を占める水中撮影のメソッドだった。今まで誰も見たことがないスケールとリアルさの水中撮影を求めるキャメロンには、実際の海洋での撮影は、作業面でも費用面でも困難なことが分っていた。そこで考えついたのは、廃棄された石油タンクの中にセットを建造するという画期的な方法だった。こうして巨大なプールと化した石油タンクの中でかつて誰も見たことがないような水中撮影が始まった。

 もう数えきれないくらい何度も見ているこの作品、それでも見るたびに圧倒され感動させてくれる、キャメロンの作品の中では未だに負け犬的NO1の作品だ。何度も見ているにも関わらずいつも度肝を抜かされるのは、前述の石油タンクに実際に建造した巨大セット。ミニチュアではない本物の圧巻の凄さだ。そして、キャメロン印というべきか、全編を貫くいつもながらのキャメロン独自の熱量だ。ディレクターズカット版だと3時間近くになるが、片時も飽きさせずグイグイエンディングまで引っ張るその力技にはもう感服するしかない。

 しかし、ご存知の通り、本作はキャメロンのフィルモグラフィ中唯一、ヒットしなかった。しかし、往々にしてヒットしなかった作品にはクリエイターのパーソナルな側面が反映されているものだ。本作も例に漏れず壮大な海洋アドベンチャーという体裁を取りながらも、その実描かれているのは一組の夫婦が信頼と愛情を取り戻す、などといえば聞こえはいいが、要はよりを戻すだけのささやかなお話しだ。おそらく、それがヒットしなかった要因かもしれないが、逆に言えば負け犬が最も好きなのはそこなのだ。

 エイリアンとの接近遭遇による事故で深海の奥底に沈没した原潜モンタナ。海兵隊の精鋭メンバーと共にその回収作業を委託されたのは、たまたま近海の石油採掘リグで採掘作業を行っていたバド(エド・ハリス)他の作業員たちだった。バドは海兵隊のメンバーと共にリグに乗り込んで来たエドのかつての妻であり、採掘リグの設計者でもあるリンジー(メリー・エリザベス・マストラントニオ)と反目しつつも協力し原潜が横たわる更なる深海へと向かう。

 何より素晴らしいのは、採掘リグのセット。中でもメインの舞台となる潜水艇が発着するムーン・プールのセットの素晴らしさは圧巻の一言に尽きる。まだこの頃はキャメロン自身がデザイン画も手掛けていたが、その本人によるセット画の見事さにも舌を巻く。

 とにかく本作、見ていても困難な撮影だったことが良く分かる。本作のメイキングではワンナイト・リサ役のキンバリー・スコットが、クルー全員があまりの過酷な撮影に音を上げて本作のことを蔑称の”サノバビッチ!”ならぬ”サノバビス!”とアビスを文字って呼んでいたことが明かされている。だが、それ程キツイ撮影と引き換えにプレゼントの如くもたらされたのは、かけがえのない感動でもあった。

 本作、屈指の名シーンは、SFXもアクションも全くない、潜水艇から仮死状態で連れ帰ったリンジーをかつての夫だったバドが、サブベイのデッキでメンバーたちと共に必死で蘇生を施すシーンだ。このシーンでは俳優たちがキャメロンの鬼のようなシゴキにも似た撮り直しを強要された。リンジー役のメリー・エリザベス・マストラントニオはあまりのヒドさに耐えかねて、泣きわめいて撮影が中断される事態にもなった。しかし、それに俳優たちが耐え抜き最高のポテンシャルが引き出されたこのシーン、メンバーたちが必死でAEDによる蘇生を行い、バドが絶叫しながらリンジーに施した心臓マッサージで遂に息を吹き返す。このシーンを見るたびに負け犬は、込み上げてくる感動と共に熱い涙がとめどもなく溢れてくる。そしていつも思うのだ。ここでリンジーが蘇生したのを見て全員が肩を抱き合いながら流した涙は俳優たちの真実の涙だったに違いないと。

 リーダーに課せられる役割というのが、人間のポテンシャルというものを最大限に引き出すものだとすれば、クルー全員から憎まれ、嫌われながらもそれを見事に完遂させた本作におけるキャメロンはまぎれもなく最高のプロジェクトリーダーでもあった。

 最後、原潜の核弾頭の爆発を解除し、深海で横たわるバドはエイリアンたちに救われる。米国とロシアの原潜をめぐる対立も、エイリアンたちが起こした巨大津波のパワーを見せつけられ沈静化する(確かに物語の構造上のご都合主義は否めないところ・・)。それでも、最後に和解したバドとリンジーが抱き合って終わるラストは素直に気持ち良く感動させてくれる。

 しかし、一組の夫婦の仲を地球的なスケールでエイリアンが取り持っただけともいえる本作、後の「トゥルーライズ」も思えば一組のスパイの夫婦の危機を国家的規模で救う物語だったけど、余程。キャメロンは夫婦というものに思い入れでもあるのでしょうかね・・、そういえばあの超美人監督のキャスリン・ビグローが奥さんだった時期もあったっけ。