負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のガープの世界はドレスデン「スローターハウス5」

人生は走馬灯。でも本当はバラバラな記憶の断片がランダムにシャッフルする世界。そこには過去も未来も無い。たった一人でタイム・リープを繰り返す悲しきトラベラーを描いた名匠ジョージ・ロイ・ヒルの傑作SF!

(評価 76点)

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アメリカSF文学史上に燦然と輝く傑作小説、カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」を、あの「明日に向って撃て」のジョージ・ロイ・ヒルが、卓抜な映像テクニックで映画化した異色作。

 「明日に向って撃て」の華麗な映像テクニックがひときわ印象的なジョージ・ロイ・ヒル。そもそもジョージ・ロイ・ヒルは、スタジオの干渉に煩わされることなく、自らの映像志向を存分に満たすことができるキャンバスを長年探し求めていた、そのキャンパスともいうべき素材こそ、この「スローターハウス5」だった。しかし、主人公が時間を自由に行き来する難解な内容から、その映画化は難航をきわめていた。しかし、その時、絶好のチャンスが到来する。それが他でもない「明日に向って撃て」だった。

 その作品の大成功で一躍トップ・クラスの監督の仲間入りを果たしたロイ・ヒルは、そのネーム・ヴァリューを駆使し、全面的な創作の権利を得た。そして、ようやくこの念願の企画に着手し、見事、カンヌ映画祭の審査員賞を受賞する。

 本作には、ロイ・ヒルがやっと溜飲を下げただけあって、その持ち味の映像センスが、遺憾なく発揮されている。もっとも特徴的なのが、ニューシネマの代表作「卒業」でも、監督のマイク・ニコルズが、随所で鮮やかに披露してくれた、まったく時間も場所も異なるシーンとシーンとを、シームレスにつなげてみせる編集だ。「卒業」では、主人公のダスティン・ホフマンが、プールから飛び上がるカットと、アン・バンクロフトが寝ているベッドに倒れ込むカットが、何の違和感もなくつながる編集が、まるでマジックを見るかのように見事だった。

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戦時中、ドイツのドレスデンで体験した大空爆のトラウマから、50年代、40年代、30年代、さらには出生の時、一気にまた60年代に逆戻りし、そして果ては遠い宇宙の惑星へと、想念だけで時間と空間を自由にトリップする主人公ビリー・ピルグリム(マイケル・サックス)を描くのに、この編集手法ほどうってつけのものはなかった。現に、原作者のカート・ヴォネガットが映画化された本作を見た時、原作よりも良く出来ていると驚嘆したというエピソードまであるくらいだ。

ロイ・ヒルは、少年時代のピルグリムが、ベッドで毛布にくるまる主観のショットを巧みに利用し、毛布の中から垣間見える光景が、毛布を上げ下げするたびに変わっていくとい手法で、少年時代に見た母親の姿から、戦時中、捕虜になって毛布の中から見る光景へと、スムーズに切り替わる、といったメソッドを随所に用い、ピルグリムがランダムにあちらこちらへと複雑にトリップするシーンを、卓抜に描いてみせる。

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結局、人生に秩序などというものはない。バラバラの断片が無秩序に寄せ集まっているに過ぎない。しかし、その断片のそれぞれにも一瞬の輝きがあって、そのプリズムが織り成す光こそが人間の人生の輝きかもしれない。本作はそんなメッセージを控えめに発信しているようにも思える。

連れ合いとめぐり合い、幸せな家庭を築いた記憶。愛犬と無邪気にたわむれた記憶。そして、広島に匹敵する惨禍ともいわれるドレスデン空爆を生き延びた記憶。つらいことや喜びも、かけがえのない輝きがあって、そこには、そもそも連続性など必要ないのだ。

 最後、小刻みにシャッフルする時間旅行の果て、ピルグリムは、かつて愛犬のスポットとUFOで連れて行かれた惑星トラファマドールに飛び、そこでマドンナ的存在のセクシー女優モンタナ(ヴァレリー・ペリン)と子供をもうけて未来永劫幸せに暮らすことを示唆して終わる。

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 ちなみに、後のもう一つのロイ・ヒルの傑作となった「ガープの世界」。突拍子もない短い人生のエピソードの断片が、速射砲のように繰り出される、文学的ソープ・オペラともいうべきこの傑作は、製作段階で、監督候補の人選が難航をきわめたらしい。いよいよ窮した時、製作陣が閃いたのが本作「スローターハウス5」でのロイ・ヒルのモザイク的演出だった。かくしてアメリカ映画史にも燦然と刻まれる「ガープの世界」。ビートルズの曲にのって、赤ん坊が空中を浮揚するタイトルバックを口火に、エピソードが絶え間なく繰り出されるこの傑作。おそらく「スローターハウス5」を見て感心した人なら誰でも、「ガープの世界」の監督に誰がいいかと問われたら、間違いなくジョージ・ロイ・ヒルの名前を挙げることでしょう。

 冒頭の、ゴールドベルク変奏曲をバックに、ビリーが雪原をあてどもなく彷徨う美しいシーンから始まり、惑星トラファマドールでビリーに捧げられる祝祭のエンディングまで、数々の傑作を世に送り出してくれたジョージ・ロイ・ヒルの映像作家としての一面を堪能できる作品です。