負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。また、日々のトピックや時事問題に関する雑感を、生き物たちが繰り広げる動物コミックのスタイルでご紹介!どうぞお楽しみください

負け犬はホワイトカラー「脱出」

さあ!ブタのようにヒ~ンと泣け!カマを掘ってやる

(評価 89点)

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映画のジャンルとして、サスペンスに振るか、ホラーに振るか、その振幅の甲乙つけがたい作品と言うのはいくつもある。

 しかし、どちらに振っても間違いなく傑作と言えるのはわずかしかない。この作品はまさにそれ。

 この作品を初めて見たのは「日曜洋画劇場」。その時から今に至るまで、この作品は自分の脳みそに巣食って未だに尽きぬイマジネーションを喚起し続けてくれている。そのイマジネーションとは単純無欠な話に対する憧憬に他ならない。

 人間なら誰にでも、至極単純なのに強烈なインパクトを放つストーリーに憧れを抱くものではなかろうか。単純な話で他人を驚かせてみたいという欲望だ。そんな欲望をこの作品はかなえてくれる。

 かくして話は単純だ。ホワイトカラーの四人のサラリーマンが休暇を利用して川下りにやってくる。そこで現地のレッドネックの男たちとひと悶着が勃発し殺人沙汰となる。

 ただ、それだけ、でもそれだけに徹すると、これがたまらなく怖い。

誰でも、感性の波長がまるで合わない人間と居合わせ、バツの悪い思いをしたことがないか。この場合、都会人と田舎者だ。ある意味、この映画が今なお、田舎ホラーの金字塔とも呼ばれている所以である。

 何よりも何気ない導入部の「静」から、「動」への転換が素晴らしい。カヌーをパッキングした車で、山奥の村へとやってくるホワイトカラーの男たち。のどかな雰囲気ときれいな空気にくつろいだ気分になるが、ふと小屋の中を見ると、麻痺にでもなったかのような奇形の子供を皺だらけの老婆があやしている(このシーンのおぞましいリアリティは強烈だ)。そして、男たちの一人が持っていたギターをつま弾くと、現地の子供がバンジョーでセッションに応じ、怒涛の演奏合戦となるが、その子供もまた明らかに知的障碍者。こうして異様な不穏さをはらみながら、男たちは川を下り始める。

 のどかなキャンプといった空気が一転するのは、先導するカヌーに乗ったエドジョン・ヴォイト)とボビー(ネッド・ビーティ)が岸辺の現地の男に何気なく声をかけたことだった。すると現地の男はいきなり、無造作にボビーを犯しはじめる。

 一気にここで映画の空気が変わるショックたるや、それもその行為が、男が男を犯すのだ。多分、この映画を初めて見たのは、まだ小学生だったかもしれない。そんな紅顔の少年がこれを見せられた暁にゃ・・そらもう。

 その衝撃の度合いがいかに凄いかは、これをやはり子供の頃に、母親と一緒に映画館で見てショックを受けたあのタランティーノが「パルプフィクション」のポーンショップの小部屋で、黒人のギャングのボスが警官にカマを掘られるシーンにそれを結実させたという、良く知られている逸話からもはかりしれるだろう。

 そこからこの映画はまさにボートで激流を下るかのように、殺すか殺されるかの決死のゲームになっていく。

 一晩かけて崖をよじ登ったエドが、疲労困憊の末のうたたねから気配で目覚め、田舎者の男の一人に狙いを定め弓を引き絞るシーンの緊張感たるやもう痺れるしかない。

 そしてむかえる暗示的なエンディング。

 この一部のスキもない、米国映画史上にも克明に刻まれる映画を監督したジョン・ブアマンという名は、この瞬間から子供心にもその名が、まるでTATOOのように自分の脳のヒダに彫り込まれることになった。

 因みに、この映画の原作者ジェームズ・ディッキーは保安官役でこの映画に出演している。DVDの特典映像では、現場での彼の態度の横柄さに嫌気がさしたスタッフ、キャストたちから総スカンをくらっていたというエピソードが語られているのが何だかオカしい。自分の映画の原作者をそこまで言うかというほどボロクソ(笑)でした・・