負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。また、日々のトピックや時事問題に関する雑感を、生き物たちが繰り広げる動物コミックのスタイルでご紹介!どうぞお楽しみください

負け犬も震撼した恐るべき25才「死刑台のエレベーター」

今なお、燦然と輝くサスペンスの大傑作!タイム・リミットに見事なマルチ・プロット。巷に溢れるソリッド・シチュエーションの先駆けにして最高峰!

(評価 84点)

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一分の隙も無いプロットに映像、そしてマイルス・デイヴィスのジヤージーな音楽。完璧なる傑作を作り上げたのが若干25才の一人の天才監督だった。

 フランス映画には、「恐怖の報酬」、「悪魔のような女」といったクラシックなサスペンスの傑作が多い。その中でも決して抜きには語ることが出来ない傑作が本作。

 本作で何と言っても秀逸なのは、単純明快かつ、核心そのものを突くアイデアに満ちたそのプロット。このプロットのさわりを聞いただけで、おそらく誰もが身を乗り出すはず。現にこの負け犬も、子供の頃に、映画雑誌の記事の片隅に乗っていた2,3行程度の本作のプロットを読んだだけで、映画のイメージがたちまち頭に湧き上がり、見たくて仕方なくなったことを今でも憶えている。

 富豪の社長の妻と不倫関係にある男が社長を殺す、アリバイ作りも完璧に思えた犯罪だが、犯行現場のビルを去ろうとした時、ふと見ると、犯行に使ったロープがそのまま垂れている。慌てた男は、それを回収しようとエレベーターに飛び乗るが、夜警が電源を落としたため、エレベーターが止まってしまい・・・。

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 エレベーターという限定空間は、とかく人々のイメージを刺激してくれる一つのアイテムと言っていい。そこに、どうしても行かなければならないという男の行動のベクトルがマッチすることで、この見事なアイデアに満ちたプロットというものに結実する。

 かくして、イメージをマックスまでそそられた負け犬だが、本作は、モノクロのフランス映画というデメリットもあって、なかなかお茶の間でのTV放送のプログラムにも乗り難く、ようやく実際の作品と出会えたのは、レンタルビデオの時代に突入してしばらくたってから、ようやく借りて見たそのビデオの映像だった。

 見た瞬間から、たちまち本作に魅了されたのは言うまでもない。本作で何よりも面白いのは、エレベーターからの脱出というサスペンスだけではなく、限定空間のエレベーターと、ビルの外のサスペンスが同時進行するところ。

 あわててエレベーターに飛び乗り窮地に陥る主人公ジュリアン(モーリス・ロネ)が、ビルの前に駐車した車。凶器の拳銃も置いたままのその車を、無軌道な若いカップルが盗んでしまう。そして本作は、ビルの中のジュリアンの行動とともに、車を盗んだカップルの逃避行を同時進行で描いていく。このプロットが、内と外というマルチな空間で展開する妙味には、実際、何度見てもエキサイトさせられるものがある。

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 すぐにでもエレベーターから脱出し、ロープを回収しなければ、犯行が露呈してしまう。そのタイム・リミットに加え、さらに、そのまま盗まれた車はどうなるのか?この二重のサスペンスの行方が、見事に収斂し、結末を迎える卓抜な展開は、是非、ご自分の目で確かめていただきたいのです。

 本作の原作者は、ノエル・カレフ。何だかそのノエル・カレフの手によるプロットの手腕ばかりを激賛しているようだが、本作のオープニングを見れば、ルイ・マルによる映像あってのこの作品であることは、誰の目にも一目瞭然で分かる。

 ジュリアンと愛し合うフロランス(ジャンヌ・モロー)のクローズアップのファースト・カットから、電話で話し合うジュリアンとのカットバック。そして、受話器を持つジュリアンからキャメラがゆっくりトラックバックしていくと、ジュリアンが、会社の社長がいるペントハウスのすぐ下の階にいることが分かる、その絶妙なタイミングでマイルス・デイヴィスの即興演奏によるイカすテーマ曲がインサートされるまで、この流れるようなファースト・シークェンスで、本作を見る人すべてに、この監督がどれほど才能にあふれているかは、強烈に印象付けられるはず。

 そこから、本作は間髪入れず、ジュリアンの犯行の描写に入る。そのままルイ・マルは、実にムダなく、セリフよりも映像そのものを最大限に活用し、プロットをたたみこむように展開させていく。本作が製作されたのは、ちょうどゴダールのヌーベルバーグ華やかなりし頃。しかし、本作がヌーベルバーグの作品群と一線を画しているのは、感覚的な映像よりも、よりアメリカ的なサスペンス映画に近い、即物的なプロットそのものを簡潔に表現することに重きを置いているところ。

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 それでも、終盤に出てくる、リニ・ヴァンチュラのシェリエ警部によって、ジュリアンとフロランスに下される顛末には、フランス映画らしい、男と女のエモーションに満ちているところのバランス感覚などはもう見事としか言いようがない。

 製作時、ルイ・マルは何と若干25才。ジャン・コクトー風に言えば。恐るべき子供というべきか。