社会の負け犬たちが剥く牙はあまりにもおろかで悲しいものなのです
(評価 88点)
この映画を初めて見たのは、高島忠夫解説当時のゴールデン洋画劇場。しかし、その初回放送が、同時期発生した梅川による三菱銀行籠城事件の影響を憂慮し、急遽中止となった。
(リアルタイムで実況されていたそのニュース映像の中で、撃たれた梅川を担架で運ぶ捜査員が焦るあまり、すべってズッコけていたのを今でも覚えている)そして、その後、無事に放送されたのを見たのが初見だった。
以来40余年の長きにわたり自分はこの映画を見続けている。
原題はDog Day Afternoon“犬も息をあえがせるしかない焼け付くような暑気”という意味。まさに負け犬の敗残者たちがブルックリンの銀行に押し入り、結局、失敗に終わる1972年に実際に起こった事件に基づいている・・などというお題目は今更、語るべくもないだろう。
社会派犯罪映画として燦然と映画史にその名を刻むこの作品。ルメットの演出の切れ味には今でも目を見張る。
強盗のリーダーのソニー(アル・パチーノ)が機転をきかせたつもりで燃やした銀行のレジスター。その煙を外から見て近づく通行人をけん制しようと脱兎の如く入口へと駆け抜くソニーを追いかけるトラッキングショット。さらに裏口から警官隊が侵入を図っていることを察知したソニーが放った一発の銃声に屋外の群衆がクモの子を散らすようにパニくるシーンのダイナミズム。
この映画を見るたび、衰えた活力が今に至ってもよみがえる感覚に見舞われる。
実際、70年代初頭から中期に繰り出された、社会にまるでカミソリのような鋭い切れ味で切り込み、エンターティメントに仕立てしまうアメリカ映画群のパワーとバイタリティたるや、ある意味手のつけようがなかった。最も、感性が多感な時期に、自分はそうした映画たちにまさしく感化されていた。
さらにして、今更、改めて気づくのも我ながら遅いが、この映画にはオープニング以外に一切のBGMがない。70年代を社会派監督のトップとして君臨したルメットの自信の現れともみてとれる。
かくして稀代の籠城事件は犯人と人質とにシンパシーが芽生えるストックホルム症候群の様相を呈し長期戦と化す(実際の事件も14時間に及んだ)、さらには主犯のソニーの犯行動機がゲイの恋人の性別適合手術の費用目的だったことが発覚し狂騒性すら帯び始める(この事件に映画化の白羽の矢が立ったのもまさにこの点だった)
国外逃亡をアシストすると称し空港に誘導する作戦に乗じ、人質解放の瞬間にソニーの相棒のサルは射殺。ソニーもあえなく確保されあっけなく事件は終焉する。
その後の顛末を伝えるテロップが淡々と流れるエンディングを見ながら、いつも思う。
この作品が社会に切り込むために用いたカミソリの刃の鋭さは鈍るどころか年を経るごとにさらに研ぎ澄まされている。
ちなみに、この映画、社会派ならではのとてつもなく可笑しいシーンがある。国外逃亡を目論むソニーが相棒のサルに、行ってみたい国はあるかと尋ねるシーン。サルが神妙な顔つきで答えた国が「ワイオミング」だった・・。
ユーモラスなシーンとしての演出はもとより、ベトナム帰りのサルの教養の程度をも匂わす、ルメットの映画ならではの鋭いシーンだった。