負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう崖っぷちの映画録。また、たまに<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>と題して、映画の実際のスクリプトを原文と翻訳でご紹介。英語学習気分もちょっぴりどうぞ!

負け犬は夜行性「ナイトクローラー」

この男はワクチンなき現代の病理!コンテンツのみを偏重して突っ走る狂気な社会そのものなのだ

(評価 82点)

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この男が目指すのは、スクープの内容の過激さのヴォルテージ。その過激さのアップだけを目指し、ひたすらに突っ走るこの男の行動は、どこか我々そのものに似ている。

 一人の男の病理を描くことで、蝕まれた社会そのものを描くというメソッドといえば、あの「アメリカン・サイコ」があった。本作「ナイトクローラー」の主人公ルイス・ブルーム(ジェイク・ギレンホール)は、どこかその「アメリカン・サイコ」のベイトマンにも似ている。しかし、ベイトマンが、何不自由のないヤッピーだったのに比べ、このルイスはまったくの貧困層の完全な負け犬だ。友だちも知り合いも誰一人としておらず、たった一人で薄暗い部屋の中、アイロンをかけながらTVを見てニンマリとしている孤独な負け犬だ。しかし、この低学歴の負け犬は、負け犬なりに奇妙なエリート意識と、異常なほどの上昇志向があって、だからこそ厄介なのだ。

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 コソ泥で生計を立てるルイスは、ある夜、ハイウェイの事故現場で、スクープ映像をハンティングしては、それをコンテンツとしてTV局に売りさばく連中を目撃する。そのビジネスに金の匂いを嗅ぎつけたルイスは、元々のヤジ馬根性もあいまって、すぐさまキャメラを手に入れ、見よう見まねでフッテージを撮ってみる。すると、ちょうどセンセーショナルな映像で視聴率アップを狙っていたローカル局の女性ディレクター、ニナ(レネ・ルッソ)にそれが採用される。人生で生まれて初めて他人に認められたルイスはそこから猪突猛進でスクープ映像のハンターと化していく。

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 即決、即行といえば聞こえはいい。しかし、ルイスがキャメラを手に入れる金も、通りすがりに高額のチャリを盗んで手に入れた金だから、最初の段階からして救いがない。それでも、ルイスに対し、共感度ゼロにならないのは、そのスクープ映像によって、高学歴、高キャリアのステータスの高い人間に認められることで、自分の存在意義を初めて知った、そのルイスのときめきが、多少なりとも理解できるからかもしれない。同じ穴のムジナのように、離れたくても離れられないシャム双生児のように、ルイスとニナはお互いを必要として、LAの夜の闇を貪りつくす勢いで、過激なフッテージを漁るハンターと化すが、この野心的な女性ディレクターとルイスの関係で、この負け犬が思い当たった一本の映画がある。

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 巨匠シドニー・ルメットが、その名監督としてのポテンシャルをフル・スロットルで発揮したようなアメリカ映画を代表するような傑作「ネットワーク」だ。ニュース番組の生放送中に自殺予告したキャスターと、そのキャスターを利用しようとする、大手ネットワークの野心の塊のような女性ディレクターという切り口で、メディアと大衆の関係を描いたこの「ネットワーク」。二つの作品とも、女性ディレクターと、スクープのキーマンとの関係という構図は重なるのに、巨大企業のシステムと個人に焦点を絞ったことで、今でも古臭さが微塵もない「ネットワーク」と比べ、この「ナイトクローラー」には、どこかアナクロな違和感を覚える人が多いのではないでしょうか。

 そう、端的に言えばその時相が、どこか古臭いのだ。今の時代、誰もがスマホを持っている。そして、そのスマホには、昔なら想像も出来なかったような高感度のキャメラが備わっている。さらに、通りすがりに凄惨な現場を目の当たりにして、何の気なしに撮影したフッテージをネット上にアップロードできるインフラなどどこにでもあるのだ。となると、スクープ・ハンターなんて人種が現代に存在するのかということになる。だって言い換えれば、誰もが事件の目撃者とそのキャメラマンになり得るのだから。

 しかし、その時代感覚がどうであれ、映画というものは、度を越したエキエントリックな人間にスポットを当て、その行動にトリミングして描けば面白くなる。本作も、何度見ても、ルイスの行動が、どんどんエキセントリックに過激になっていくのを、ただ唖然として眺めているうちにエンドマークを迎えてしまうほど、面白さにおいては一級なのもまた事実。それに、そもそも、ルイスの行動は、あの“いいね!”を渇望する我々そのものにダブってこないだろうか。

 誰もが他人から“いいね”というお墨付きをもらいたがる社会、“いいね!”を欲しいばかりに、自らの自殺映像までネット上に投稿してしまう社会。その病み具合は、まさにこの「ナイトクローラー」のルイスすら凌駕するといってもいい。

本作が、そんな“いいね”社会を揶揄するサタイヤであることを思い知るのが、ラスト。このラストには、ある意味、アップルやマイクロソフト、それにフェイスブックに至る、巨大企業に成り上がった全てのスタートアップたちに対する痛烈な皮肉が込められている。

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 ルイスが立ち止まることはない。それは、どれだけ“いいね!”を獲得しても決して満たされることなく、尚も“いいね!”を渇望し、貪り続ける我々そのものなのだ。高感度キャメラで捉えられた、むせかえるほど鮮やかな色に満ち溢れたLAの夜の空気を切り裂くように、ルイスはハイウェイを疾走する、今日も、明日も、そして、ショッキングな映像を求め続ける我々が根絶やしにでもならない限り、それは永遠に続くのだ・・