負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のシベリア超特急の終着駅「オリエント急行殺人事件」

オールスター総出演というキャッチフレーズが本作ほど、似つかわしい映画は他にない。胸躍る楽しさと至福の128分に酔いしれる

(評価 88点)

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その名は知れ渡っているのに、何故か今まで見ていなかった映画、そんな映画が大傑作という至上の喜びに勝るものはなし。

 別に自慢にもならないけれど、不惑の年齢もとうに過ぎ去り、人生もいよいよ後半戦に差し掛かると、下手に新作映画なんか見るより、繰り返し見ているマイフェイバリットな映画を見ている方が落ち着くものなのです。そこで、何よりも嬉しいのは、安心してみることが出来る鉄板作品のような、そのマイフィバリットのチョイスの選択に、新たな顔ぶれが加わること。

 大好きなシドニー・ルメットの代表作にも挙げられる本作だが、ルメット本来の社会派映画ばかりに目を奪われて、何故か見ていなかった言わずと知れたアガサ・クリスティー原作の、この1974年版の「オリエント急行殺人事件」。ルメットのフィルモグラフィの中でもずば抜けて世界中で大ヒットした超有名作な本作だが、未見のまま人生の大半をやり過ごしてしまっていた。それというのも、何となくオールスター総出演というイメージから、本作に大味な作品だという印象を持ったのと、何と言っても原作が余りにも有名過ぎて、結末まで分かりすぎるほど分かっているミステリーなど、見てもつまらないと思い込んでいたのが、その最大の原因なのかもしれない。ところが、何の気まぐれか、TSUTAYAの棚にいつも並んでいるそれをレンタルしたら、いやはや、もう楽しくて仕方がなかったという、今さらながらのお話なのです。

 今更、本作の素晴らしさをあげつらってもクドいだけなのかもしれないが、実は、その楽しさに酔いしれるうち、ふと頭をよぎるものがあったのだ。

 遡ることン十年も前のこと、それまで、TVの顔といってもいいほど見慣れていた一人の男が、まるでミステリーのように忽然と姿を消すという、ある事件があった。その男の容貌はといえば、浅黒い肌に、髪は短いクルーカット、口元には口ひげをたくわえ、いつもニコニコとした笑顔を浮かべ、ホストを務める番組の最後には、お馴染みのキャッチフレーズ「いやあ~映画っていいもんですね~」で必ず締めるあの男、そう、映画解説者の水野晴朗その人である。

 さらに仰天したのが、いきなり姿を消したと思ったら、今度はローカル局の洋画劇場に出ていて、何と自ら初めて監督した映画の宣伝を厚かましくもやっていたのだ。その映画の名は「シベリア超特急」。言うまでもなく、今やポンコツ映画の金字塔、その殿堂入りをめでたく果たした珍作として名高い映画である。

 しかしながら、ポンコツのレジェンドたるその名声は聞きつつも、長らく見ることがなかったその「シベリア超特急」を、ネット時代の恩恵に授かりYoutubeでようやく見ることが出来たのだ。ところが、どうだろう、なるほど確かにポンコツには違いない、まるで高校生の自主映画のような幼稚さにも満ちている。そして、あの有名な、まったく意味不明などんでん返しにもさすがに唖然とするしかなかったが。しかし、それでも、そんなに悪くねえんじゃね・・というのが正直な感想だった。

 世の中には「シベ超」なんかよりヒドい映画はゴマンとある。それよりも、この「シベ超」には、どこかしら、水野晴朗さんが、まったくのド素人ながら、そのキャリアをリセットしてまで、本作を作りたくて仕方がなかった一途さが、何となく感じられたのだ。しかし、そこまで水野晴朗さんを駆り立てたモチベーションの正体は、さすがに分からずじまいであったのもまた確か。

 その時、この「オリエント急行~」を見たのです。すると、何だかその謎が解けたような気がした。そう、もしも、業界にコネがあって、誰かがお金を出してくれて、芸能界にも通じていて、それなりの俳優も出てくれる立場に自分があって、ひとたび、この楽しさを体感してしまえば、自分なりに作りたくて仕方なくなっても何もおかしくはない。

 あの水野晴朗大先生はきっと、自分なりの「オリエント急行殺人事件」を作りたくて「シベ超」を作ったに違いない。この負け犬は、すっかりそう思い込んでしまったのだ。それほどまでに、本作は、ワクワクする魅力に満ちている。

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 実在のリンドバーグの幼児誘拐事件をモデルにした誘拐事件とその悲劇の顛末をクラシックに描くイントロの後、ポワロ(アルバート・フィニー)をはじめとして、次々と入れ替わり立ち代わり現れるスターたち。そして、出発間際のオリエント急行に、豪華な顔ぶれが集結し始め、さらには、本作で見事、カムバックを果たし喝采の下、助演女優賞を受賞したあのイングリッド・バーグマンまでが登場するや、その高揚感も最高潮に高まったところに、本編、屈指の名シーン。オリエントの寝台特急が、その姿も神々しく、あのゴダイゴの名曲に乗って宇宙へ飛び立つ銀河鉄道999の如く、いよいよ走り始める、そのシーンの何と胸を高鳴らせてくれることか。

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 当然、以降、本編は、狭い列車内に終始するが、そこはベテランのルメットの余裕の演出、ローレン・バコールをはじめ、スターの個性が生かされたウィットに満ちたシーンが目くるめくように展開される。そして大団円となる、一同、集めてのお約束のポワロの謎解きの弁舌。ここでのアルバート・フィニーのワンマン・ショーの惚れ惚れする見事さ。そして、罪を憎んで人を憎まずのお約束の締めの後、モクモクと煙を上げて列車が遠ざかっていくエンディングを見届けた時の、とてつもない、至福間と多幸感。

 最初にこれを見た時、真っ先に目に浮かんだのが、あの映画をこよなく愛する水野晴朗さんが、これを見て、目をうるませている光景だった。あの人が「シベ超」を作ったのは、もう60も半ばの頃だった、その年で、まったく新たなフィールドに一からチャレンジするのは、並大抵の決心ではなかったはず。ある意味、常軌を逸した行為ともいえる。しかし、蒸気でひた走るオリエント急行のように、夢に向かってひた走る人間は止められない。たとえ、ポンコツでもいい、そこに誰かの夢が詰まっていれば、それは愛すべき映画なのだ。

 なにかこちらまでモクモクと蒸気の湯気が立ち昇る夢の蒸気機関の楽しさをいつでも味合わせてくれるような、「オリエント急行殺人事件」はそんな映画なのです。