負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬も腹を抱えて大笑い!超大作映画のはずが何もかも滅茶苦茶な素っ頓狂映画で放送禁止必至の超怪作だった件「君よ憤怒の河を渉れ」

あの名優、高倉健黒歴史。いや、これはもう暗黒の歴史だ。無茶苦茶なミス・マッチ感、そしてとんでもない程のお間抜け感にズッコケ必至のアカデミー級の大珍作!

(評価 10点)

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馬だ~!犯人が馬で逃げたぞ~!パッパカッパッパカ!ンなアホな!2時間30分もの長尺の本作を観ながら、一体、何度、唖然としながら突っ込んだろうか。

 ラッパ男の異名を取った大映の名物プロデューサー、永田雅一が、自らの復帰作と称してブチ上げ、何とも形容しがたい、奇々怪々たる珍作と化した、超大作の成れの果て。とにかく、全てが素っ頓狂でトンチンカン、大真面目な大作なのに、見ているこちらまで正気を失いかけるほどの、あきれ果てるしかない無茶苦茶映画。

 きっと、これからご紹介するイントロダクションだけでも正気を失う人がいるかもしれない。

 「君よ憤怒の河を渉れ」!ドーンと画面いっぱいのタイトルの直後に、最初のズッコケが到来する。

 ダヤダ~ダヤダ~♪タイトルバックで流れるのは、男性歌手による怪しげなスキャット。何でスキャットなの?そんな疑問などお構いなしに朗々と歌い続ける男性歌手。そして、ファーストシーンで、最初の素っ頓狂が爆発する。何の前触れもなく、歩行者天国にいた女(伊佐山ひろ子)が、いきなり検事の杜丘(健さん)を指さし、強盗だ~と叫び出す。その女の訴えを真に受けた警官が健さんを拘束。続けざまに現れた田中邦衛にも、キャメラの窃盗犯呼ばわりされた健さんは、何とそのまま逮捕されてしまう。

 いくら何でもれっきとした現役検事が、ショボイ窃盗なんかするわけが、の疑問を露ともせず、映画は健さんを窃盗犯と決めてかかってあれよあれよと進行するが、当然、濡れ衣なわけで、健さんは、家宅捜索に同行した際、そこで窃盗物件が置かれている偽証工作を目の当たりにした後、これはヤバイと窓から逃げる。

 最初の大爆笑は、このクダリ。窓からそのまま逃げたから健さんは、靴下だけで靴を履いていない。逃げている途中、小学生の一団と目が合い。そこで何と健さんが照れ隠しにうっすら笑う(ここが何とも可愛い!)。直後、健さんが向かうのはお寺。何故か・・?お寺なら、本堂で信者たちが靴を脱いで説教を聞いているから・・。そして、ある寺まで来た健さんは、本堂の土間で、まんまと靴を失敬して立ち去る(いくら濡れ衣で逃走中とはいえ、検事が靴盗んだらマズイだろ)。

 寺に行けば靴がある・・?そうかもしれないけど、一体、何で検事クラスの人間が住む高級マンションのすぐそばに、都合よく寺があるのか?しかし、この程度で、首を傾げてはいけない。これはまだまだ序の口なのだ。

 指名手配された健さんは、偽証した女の行方を追って、はるばる能登へと向かう(靴が無いなら金も一銭も無いはずなのに・・)。そして、女の実家へと向かった健さんは、そこで女の死体を発見する!そして、この時、流れる音楽が何故かルンルン調の軽快な音楽!本編中、何度も出て来るこの音楽。一体全体、作曲家は何を考えていたのかと唖然とするほどのミス・マッチ感ありありの滅茶苦茶さ。

 かくして、トンチンカンの最初のクライマックスは、この次にやって来る。健さんは、殺された女の亭主が、第二の偽証犯の田中邦衛であることを知り、その田中邦衛が北海道にいることを突き止めるや、そのまま金も無いはずなのに北海道へ渡る。

 しかし、既に警察が先回りしていて、健さんは、山中を彷徨うはめに、その時、助けを呼ぶ声が、何と、一人の女がクマに追われて木によじ登り、助けを求めているではないか~!あれ~!健さんは、追手から奪ったライフルでクマを撃つが、そのままクマは山中へと。ズッコケるのが、このクマが、着ぐるみ丸出しなこと。ガオーとわめいて森に走って逃げて行くこのクマ。実は、これだけでは終わらない。

 助けた女は真由美(中野良子)といって、北海道の名士、遠波(大滝秀治)の一人娘。もともとプッツン系の女優の中野良子が、ここぞとばかりに芝居気たっぷりに、すっかり健さんにノボせあがってしまう。健さんの居所を突き止め、踏み込んで来た矢村警部(原田芳雄)をあしらって馬で一緒に逃走するが、隠れ場所にまでやって来た矢村に健さんは捕まってしまう。

 そして手錠をはめられ、山を下ろうとした時、あのクマが、ふたたびガオー!と現れ、矢村に傷を負わせ、健さんはそのスキに逃げる。

 ご都合主義という言葉がこの世にはある。しかし、大抵のご都合主義というものは、一応、それなりのオブラートで包むもの。しかし、この映画は違う。体面や見てくれなど何も気にしない。当然だろ、という面構えで、ご都合主義を使い倒す。

 かくして、いよいよ退路を断たれた健さんは、重要な証人でもある田中邦衛が東京にいることを矢村から知らされ・・、その時、真由美の父親、遠波が提案したのが、セスナでの脱出だった。

 しかし、健さんは一度もセスナなど操縦したことがない。そこで遠波は急遽、セスナの操縦方法を健さんにレクチャーし、健さんはセスナを一人で操縦し、一路、東京へと・・。

 さすがに、このあたりで、本作を観ていた負け犬の正気も怪しくなってきた。しかし、その狂気のボーダーラインは。さらにいっそう、加速していく。

 東京に潜入した健さんは、潜伏先を知られ、雑踏で警察に追われ、捕まりかける。その時、突如、現われるのが何と馬の大群。東京の歩行者天国に馬?(一応、真由美が馬のビジネスのために東京にやってきているという前置きらしきものはあるが、これはねえだろ・・)

 傑作なのが、馬に乗って逃げる健さんに唖然とし。「犯人が馬に乗って逃走!」と刑事たちが大真面目に無線で連絡するところ。

 そして、この後、映画は、いよいよ狂気の領域に突入する。

 田中邦衛が精神病院にいることを突き止め、健さんは身分を偽り、精神病患者を装って、精神病院に自首入院するのだ。もうここまで来たら完全にアウト。TVでは放送禁止必至なわけだけど、本作の場合、精神病患者を平気でガイ〇チ呼ばわりする無頓着さは時代のせいとしても、モラリティー上のセンシビリティなど欠片も持ち合わせることなく、そのまま物語を進めるところがコワイ。

 結局、ここで健さんが知る真相とは、政界の黒幕が、政治犯などの連中を、精神病者に仕立てるべく開発したAXなる新薬の製造を、裏で操っていて、その陰謀に迫ろうとしていた検事の健さんを、排除するために仕組んだ工作だったというわけなのだが、ここでも健さんは、黒幕の手先の、病院の職員にそのAXを投与されるが、いちいち便所で吐いていたから、精神病者になることを免れたというバカバカしいことこの上ない展開の果てに、それまでしていたアンポンタンのふりから、いきなり正気に返ってみせ反撃に転じるところは、あまりのバカバカしさに開いた口が塞がらなかった。

 結局、最後は、何の証拠もないのに、怒りに任せて、丸腰のままで武器も持たない、その黒幕を撃ち殺しておいて、何故か正当防衛があっさり認められ、真由美と共に去っていく健さんの姿で本作は終わる。

 クマがガオー!に馬がパッパカッパッパカ!・・・。正気と狂気の淵というものが、この世にはあるらしい。本作を観ている間、頭の中にやって来た春の中、フワフワと飛ぶ蝶を追っているかのような錯覚を覚え、その狂気の淵たるものを何度か垣間見たような気がした。そういう意味では、クスリなしでハイになれる、稀有なるトリップ映画といっていい。

 ただ、健さんにとっては、痛恨の黒歴史、汚点といってもいい作品なのに、本作が何故か中国で大ヒットしたのもまた有名な話。中国では健さんと言えば、とりもなおさず本作だというから、何だか可哀想。

 どんなトンチンカンが監督かと思えば、何とあの「新幹線大爆破」の佐藤純彌ではないか。誰が監督であれ、とにもかくにも見た後は、その正気を疑いたくなる怪作には違いない。