負け犬の果たしてそいつはバカか天才か!そして、そいつはやっぱり天才だった!天才監督誕生秘話!「その男凶暴につき」
天才は予期せぬところからやって来る。言わずと知れた北野武の衝撃のデビュー作、天才はただ歩くだけで世界を震撼させた。
(評価 72点)
天才はただ歩く
ただテクテクとひたすら歩く男。それを望遠で捉えるキャメラ。そうやって男がただ歩いては、その道中で暴力をはたらき、それが済むと、また歩く。その単純な繰り返し。しかし、そんな映画はそれまで無かった。
もともと、深作欣二が監督するはずだった「灼熱」というタイトルの映画に、出演するだけの筈だった北野武が、監督までする羽目になったのも、ほんの偶然だった。
そして、この負け犬が今でも克明に憶えていることがある。とある芸能ニュースで流れていた本作の制作発表の記者会見の一コマだ。その席上で、初監督にあたっての意気込みを問われた北野武は居並ぶインタビュアーたちに向って、何気に、いつもの口調でこう述べたのだ。
「出来上がった作品を見た人から、こいつはバカかって言われるか、それとも天才だって言われるか、そのどっちかだよ」
このコメントからひと月も経たないうちに、あらゆるマスコミのメディアに踊り出したのが、「天才」の二文字だった。そして、その称賛の嵐が、やがて日本という小さな島国に収まりきらず、世界にまであふれ出していったのは周知の通り。
おとぎの国の暴力のバラード
本作の脚本は野沢尚。野沢が手掛けた邦画アクション映画の体裁そのままのオーソドックスな脚本を、この新たなる天才は破壊してみせる。破壊に使ったその道具こそが、後のキタノ映画のトレードマークとなる独特の間だ。
冒頭の不穏な浮浪者狩りのイントロからその奇妙な間は炸裂している。浮浪者狩りのリーダー格の少年の家を俯瞰で捉えた何気ないショット。画面のフレームにテクテクと歩いてくる男が入って来る、そしてそのまま男は玄関口に。ドアが開き、家人に警察だと告げる、そして男はそのままズカズカと二階に上がっていき、ドアを開けた少年の顔をいきなり殴る。日常と暴力とが共存している奇妙な世界。このシーンが放つ強力なインパクトはまさにそれだ。
その後の、タケシが歩く姿を延々と横移動に捉えるトラッキングショットも実に印象的。そして、署内のデスクに落ち着き手持ち無沙汰にするタケシの演技を始め、全編にわたる何とも言えないタケシの存在感の素人っぽさまでもが不思議な魅力になっているのが本作の魅力でもある。
ただ、本作が俗っぽいのは否めない。序盤の暴力と暴力を介在するかのようにタケシがテクテクと歩く奇妙な世界観のユニークさが、後半になるほど平板なVシネマそのもののスタイルに落ち着いていく。そして、ありふれた世界になることに抗うかのようにタケシは主役である刑事があっさり殺されるというツイストで、何とか抵抗を試みる。
本作公開時のキネマ旬報のインタビューで、好きな映画は?と問われたタケシは、あのフリードキンのあだ花といってもいい傑作「LA大捜査線/狼たちの街」と明言していた。そして、その作品をタケシは臆面もなく、後半からエンディングにかけてそっくりパクッているところが何とも初々しい。
Vシネマ丸出しの俗っぽさ、そして好きな映画をそのままパクる無邪気さ。天才のデビュー作はやっぱり今見ても楽しさに満ちている。