負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の空前絶後のその才気!お仕事映画のパイオニアにして最高峰「マルサの女」

税務署員が巨悪を追い詰めひた走る。何度見ても圧倒的なスピード感に酔い痴れる。これぞ日本のフレンチコネクション!

(評価 90点)



 

お仕事映画の醍醐味

 人間は仕事をする生き物。食っていくために。だからどんな仕事であれ、お仕事となると必然的に地味になる。例えばそれはアクション映画の花形の刑事だって同じこと。ただひたすら地味に容疑者を尾行し張り込みを繰り返し、目指すホシを忍耐強く追い込んでいく。

 しかし、そんな地味な努力が実を結び、とうとう巨大な悪に一泡吹かせたら、そこにカタルシスと興奮が生まれる。それこそがおそらく刑事映画の醍醐味、そしてその頂点にあるのがNYの下町のしょぼくれ刑事ポパイとドイルの二人組が、国境をまたいだ巨悪を打倒するあの名作「フレンチコネクション」に違いない。

 だが、日本にも「フレンチコネクション」にも勝るとも劣らない興奮とカタルシスをもたらしてくれる作品がある。刑事と同じ公務員、それもお仕事としてはチョーの字が付くほど地味な税務署員が主役の映画、それこそが本作の「マルサの女」。

 見てくれもこれまたチョーの字が付くほどの地味なオバさんの税務署員が、ひたすら悪に食らいついて最後に一泡吹かせてみせる、痛快きわまりない本作は、言わずと知れたあの伊丹十三監督のキャリアベスト作、そして日本映画史上に残る大ヒット作だ。

 

圧倒無比のスピード感

 実際、本作ほど時間というものが圧倒的なスピードで過ぎ去っていく映画というのは滅多にない。主役の板倉に扮した宮本信子が、とある喫茶店で、仲間の職員に脱税の手口をレクチャーするイントロから、ラブホテルの経営者、権藤(山崎努)が繰り出す脱税の数々で、二人のキャラクターの対立構造と上下関係を鮮やかに浮彫にする序盤、

 このくだりなど、開巻早々、NYの下町の刑事二人組が、ケチなチンピラの確保に奔走する様子から、海を越えたフランスで大掛かりなシンジケートを率いる悪玉のシャルニエをカットバックして描く「フレンチコネクション」そのままだ。自身もマニアと言ってもいいほどの映画好きだった伊丹十三監督のこと、きっとそのドラマ構造の参考に「フレンチコネクション」なぞらえたというのは、あながちこの負け犬だけの勘繰りでもないはずだ。

 そして一旦は、権藤の巧妙な手口に引き下がった板倉が査察に抜擢され、晴れてマルサの女となってから権藤に逆襲を仕掛けていく後半、その矢継ぎ早のテンポの良さには何度見ても舌を巻くしかない。そして最後に訪れるカタルシスの快感。地味な税務署員の映画のはずなのに、まるでリベンジマッチで大勝利したスポーツ映画の興奮にも似たその感覚には、これまた何度見てもエキサイトさせられる。そして、エンドクレジットを見てつくづく思うのが才人、伊丹十三が早逝してしまったことの無念さなのだ。

 本作、何度も見て感心するのが、ぎっしりと詰まったエピソードの数々のその情報量の多さ。才人、伊丹十三の取材能力と脚本を書く筆力の高さ。そしてそれらを手際よく処理してみせる演出の類いまれなるその才能。一体、この才人が、その後もキャリアを続けていたらどんな映画を作ってくれていたのかと残念で仕方ない。

 本作公開当時のインタビューで宮本信子が、脚本を執筆する夫の伊丹十三が書き上げるそばから、そのページをひったくるようにして貪るように読んでいたと言っていたのを今でも覚えている。それもそのはず、こんな面白い脚本、とびきりの才人以外に書けるわけがない。



とある税務署員のメモワール

 実はこの負け犬の父親は税務署の公務員だった。負け犬にも負け犬なりの反抗期というものがあって、地味を絵にかいたような公務員の父親を忌み嫌っていた時期が長々とあった。それもあってその距離が、やたらと疎遠にもなっていた。

 だが、ある日のこと、そんな父親が珍しく映画のチケットを持って帰って来たことがあった。実は公開時、社会現象にまでなった本作に、時の税務署は普段は嫌われ者の税務署のPRにはうってつけとばかりに、署員たちに本作のチケットを配布するという計らいをしたらしい(その経費も結局、庶民の税金だったはずだが)。

 本作はそのチケットで見た懐かしの映画でもある。チケットをくれた父親が見せたその笑顔は、普段、日の当たらない税務署員という職業にスポットライトが当てられた、日ごろの地味な努力が僅かにでも報われた、そんな笑顔にも見えた。

 どんな職業であっても、いつか日の当たる時が来る、だから、我々は働くのでしょう。本作は、そんな希望すら感じさせてくれる、素敵な映画のような気がするのです~