負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の天才のみが作れる空気感「家族ゲーム」

天才のみが創り出せる間合いという魔術!ひとつの家族とひとりの家庭教師が紡ぎ出す驚異のファンタジー空間にひれ伏せ!

(評価 90点)

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金属バット殺人事件に空前のジャズダンス・ブーム!バブルでネジのはずれたニッポンの、目に見えないはずの空気感を手に取るように構築してみせた天才監督に脱帽!

 凡才には決して出来ない芸当で、天才のみで成し得るものがあるとすれば、それは何だろう?それはきっと目には見えない間合いというものに違いない。

 決まりきったキックとパンチが繰り出されるだけの単純なアクション・シーンに、真剣勝負の間合いを持ち込んで、見違える緊張感を生み出したブルース・リーがそうだった。そして、ここに、日本人のみが生み出せる絶妙の間合いを生み出して、傑作映画を作り上げた天才監督がいる。森田芳光その人である。

 この映画には、殺人は勿論、アクションもサスペンスも、手に汗握るスリリングな話も無い。ただ一つの家庭に、ひとりの家庭教師がやって来て去っていく、ただそれだけの話なのだ。それなのに、冒頭から引きずり込まれ、あれよあれよと笑っているうちに瞬時に2時間が経っている。これを天才技といわずして何といおうか。

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 いや~久しぶりに見ましたけど、とにかく笑わせてくれました。そして酔わせてらいました。

 イントロの伊丹十三の目玉焼きチュ~チュ~の名シーンからもう虜になりました。こんな父親、孝助(伊丹十三)が大黒柱の沼田家にやってくる家庭教師、吉本(松田優作)。吉本がアシストを頼まれたのが幸助の次男の問題児、茂之(宮川一朗太)だった。かくして始まる、家庭教師との奇妙な掛け合い。時はバブル真っ盛り、狂騒とモラトリアムがシャッフルする、誰もみたことのない空間が幕を開く。

 受験競争というオーソドックスなテーマの原作のキャンバスに、自在に自分の感性の絵筆を走らせたのが森田芳光監督。

 吉本と茂之の、何とも言えない会話の間。父親、孝助と吉本との奇妙な会話の掛け合い。その掛け合いが生み出す空気感だけで、一本の面白い映画が出来上がるなんて、それまで誰も考えなかった。でも、それが紛れもなく実現できているこの不思議。

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 加えて絶妙なるそのディティール。風呂に入りながら、豆乳の紙パックをチュ~チュ~すする、朝食の目玉焼きの黄身をチュ~チュ~すする。この日本人独特のリアリティ。それに加えて、都心の郊外の高層マンションのはずの沼田家に、必ず船に乗ってやって来る、松田優作が演ずる家庭教師、吉本の圧倒的に不思議感満載のキャラクター造型。この吉本、出された液体や手に取った液体は、必ず、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干してしまう。何といっても傑作なのが、吉本が肌身離さず常に小脇に抱えているのが、何故か子供向けの植物図鑑!もうこの感性には、ただひれ伏すしかない。

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 そして恐るべきことに本作には、音楽というものが全くない。まるで、音楽なんて小賢しいものは、必要ない、この掛け合いの間だけで十分だ、と既成の映画にタイマンでも張っているような森田芳光監の圧倒的な自信がうかがえる。

 音楽無し、間合いのみで一本の映画を作り上げたといえば、あのもう一人の天才、北野武監督の「3-4X10月」がまさにそうだった。

 この家庭教師の吉本が、いわゆる典型的な中産階級の日本人家庭にくさびを打つ、ひとつのメタファーであることは、本作のクライマックスを見れば明らか。

 吉本と茂之の葛藤の果て、めでたく茂之が進学校に合格し、それを祝っての宴の食卓の、あのあまりにも有名なシーン。

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 本来、向かい合って座るはずのメンバーが、キリストの最後の晩餐よろしく、コロナ過の今を思わせる、ただ一列に並んで食事をする。ただそれだけで見たことも無い異空間が現出されることに、ただ驚いているうちに、吉本が、ヒートアップして沼田家の食卓を完膚なきまでに破壊していく様子を実況する、圧倒的なワンカットの長回し

 そして、吉本が最後に植物図鑑を抱えて去っていくのは、やっぱり船なのだ。

 本作は、公開当時、ジャーナリストたちを仰天させた。そして、満場一致で、キネマ旬報誌のベストワンにも輝いた。

 ごくまれに、何のお金もかかっていないのに、そのクリエイターの感性が創り上げた間だけで成り立つ、圧倒的な作品が現出するブレイクポイントが映画史には、存在するが、本作こそまさにそれ。

 ただ一つだけ残念なのが、映画はパントマイム、パントマイムこそ映画というこの傑作が、たとえばあのジム・ジャームッシュの傑作「ストレンジャーザンパラダイス」ほどインターナショナルではなく、あくまでも日本人にしか分からない間合いであること。

 それでもいい!豆乳チュ~チュ~の面白さは日本人にしか分からない、今日も元気で会社でラジオ体操をする、そんな日本人だけが腹を抱えて笑える日本人オンリーのエンタメ映画があったっていい。そんな事を見た後は必ず熱く断言したくなる、オンリー・ワンな傑作映画なのです。