負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬だって一人より二人の方が絶対いい!「間宮兄弟」

天才、森田芳光監督が天国に旅立つ前に届けてくれた至宝のプレゼント!ほっこりし、癒され涙する、やっぱり人間はひとりぼっちより二人の方が絶対いい!

(評価 88点) 

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「だって間宮兄弟を見てごらんよ。今でもずっと二人でいるじゃん!」ずっと二人で暮らしている、モテナイ系の間宮兄弟の日常は、平和で温かく、とてつもないほど穏やかなのだ。

 映画というものは、その創成期の時代から、小説が元ネタと相場が決まっていた。そこで、自ずと生じてくるのが小説というメディアと映画というメディアの葛藤だ。大体の場合、小説は良く出来ていても、さて映画はちょっと・・という場合が多いような気がするのはこの負け犬だけだろうか。

 しかし、ごくまれに小説と映画のドリームマッチのような理想のコラボレーションが生み出されることがある。この「間宮兄弟」こそ、その理想のコラボレーションの典型とも言うべき映画。

 声を大にして言わないけれど、天才作家と敬服している江國香織さんの素晴らしい原作と、森田芳光監督の遊び心あふれる、みずみずしい感性が、お互いを決して損ねることなく、幸福に主張しあい、響きあって、とてつもないほど素晴らしい空間を作り出している稀有なる傑作映画。

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 昭信(佐々木蔵之介)と徹信(塚地武雄)の間宮兄弟は、30過ぎだというのにお互い独身で、驚くべきことに今も都内のマンションで、二人で暮らしている。ふたり暮らしを続けている男兄弟!このありそうで、絶対ないようなシチュエーションを、絶妙に描いた江國香織さんの原作が、とりもなおさず素晴らしい。その持ち前の感性で描いた兄弟のユーモラスなテイストだけではない。女性ながら、全く女性にモテナイ系の男たちの生理、生態を、きっちりと掬い取ってみせる、その手腕には、脱帽するしかない。そして、その小説世界を、これまた独自の感性で、ブロウアップして、「間宮兄弟」そのものといっていい世界観を映画というメディアで作り上げてしまった森田芳光監督も実に何とも素晴らしい。

 この映画には、サスペンスも葛藤も何もない。ただ平和な暮らしがあるだけなのだ。でも、その平和が、人間を慈しむ心や、優しさを教えてくれる。

 いい歳こいた間宮兄弟には、今日も、女がいない。やることといえば決まって週末の土曜日の午後、1時間もかけてレンタルビデオ屋でビデオを三本借り、昼も夜も、兄弟そろって二人で鑑賞し、夕食時になれば、商店街に尻取りじゃんけんしながら出かけて行って。馴染みの中華屋で、定番の餃子を二人で食べるのが最大の楽しみという日常なのだ。

 そんな兄弟が、ちょっと気になるビデオ屋の店員、本間直美(沢尻エリカ)を、ダメもとで、徹信が企画したカレー・パーティーに誘ってみたら、これが何と予想外に快諾されて、間宮兄弟の自宅に、若い女の子がやって来るという、ちょっぴり非日常な事態が勃発する。

 もともと弟の徹信の仕事は小学校の用務員で、徹信のタイプではないが(まったく女にもてないのに、タイプ云々を云うのがまずおかしい)その学校にいる、地味目だけど結構美人の先生、葛原依子(常盤貴子)にも声をかけたら、予想外にもすんなりOKしてくれ、間宮兄弟のカレー・パーティーが、女性二人を交え、にぎにぎしく開かれる。だからといって、何が起こるわけでもない。ただ、皆でトランプしたり、人生ゲームをやったりして、まったりと過ごすだけなのだ。

 兄の明信は、ビール会社の技術屋で、ビール党。弟の徹信はコーヒー牛乳党。そんな二人が銭湯あがりに、そろってビールとコーヒー牛乳を飲む姿がまたおかしい。

 そして、とにかく本作には、しばらく職人監督に徹して来た森田芳光監督が、まるで水を得た魚のように、デビュー当時のあの独特の間合いや感性を復活させてくれている。徹信が、ぼったくりバーにひっかかり、クレジットカードに至るまで巻き上げられて帰宅した夜。明信が作った塩むすびをしんみり食べる徹信を見て、「生きて帰れただけでも良かったじゃないか」と励ます掛け合いには爆笑した。かくの如く本作では、森田監督が、原作のエッセンスを巧みに掬い取って、自らの感性で味付けした、クスクス笑いのスパイスが至る所で効いている。

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 何故かピッタリとはまっている間宮兄弟の母親役の中島みゆきのサプライズ出演をはじめ、高嶋政宏北川景子などなど、森田ワールドを盛り上げてくれるキャストも秀逸。

 間宮兄弟の外の世界では、男と女がせわしなく、くっついたり離れたりして何かと忙しい。しかし、やっぱり女性がいない間宮兄弟の世界だけはいたって平和で穏やか。

 映画のラストでは、兄弟共に、お互い意中の女性に、やっぱり何の関心も持たれることなく、二人だけの世界に戻った兄弟が、夜の通りを自転車に乗って走る。それに被さる兄弟同士の会話は、互いで出し合う無邪気なクイズ。夜のすがすがしい空気の匂いまで伝わって来るようなこのシーンは原作にはない森田監督独自の創作だ。デビュー作「の・ようなもの」で主人公の噺家が、隅田川沿いを歩くモノローグのシーンを想起させて嬉しくなった。

 思えばマイホームや、絵に画いたような家庭像といったありきたりな幸福は、たとえありきたりでも、人としのぎを削って、それなりに争わなければ得られない。しかし、人と争う事が苦手な人間もいる。だから人間は、決して背伸びなどせずに、自分だけの幸福を楽しめばいい。間宮兄弟の、ふたりだけの穏やかな暮らしを見ていると、そんな事を教えてくれるような気がする。

「だって間宮兄弟を見てごらんよ。今でもずっと二人でいるじゃん!」

 そう、こんな兄弟がいたっていい。だって人間は、やっぱり一人より二人の方が断然、いいのだから。

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 エンドクレジットで流れるRIP・SLYMEの「HeyBrother」のラップがいつまでも心に残る珠玉の作品。旅立つ前に、こんなに楽しい作品を残してくれた森田芳光監督には、ただ感謝しかない。

 ありがとう森田芳光監督!