負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のカミソリのような切れ味の知能という名のその味は?「現金に体を張れ」

ノワールというオーソドックスなジャンルを、冷酷無比かつ緻密な頭脳で根底から破壊したジャンル映画の極北たる傑作!(評価 82点)

f:id:dogbarking:20220211093638j:plain

 

「2001年宇宙の旅」との出会い

 あれは忘れもしない、この負け犬が高校生の頃、「スターウォーズ」が世界中に巻き起こした一大SFブームの余波を受けて、TV放送は無論のこと、名画座などでも決してかかることもなく、ネームバリューのみが燦然と輝く幻の映画と化していた「2001年宇宙の旅」の日本でのリバイバル上映が実現する。負け犬の居住地、大阪での上映館は、大阪最大の巨大シネラマスクリーン誇る梅田のOS劇場だった。この負け犬が、胸をソワソワさせてそのリバイバル上映にかけつけたことは言うまでもない。期間限定の上映だったので、学校帰りの夜の最終の上映回だったことを覚えている。

 映画が終わり、OS劇場を出て見上げるとそこは満天の星空。その夜空を見上げながら、負け犬の脳みその襞に、さっきまで見ていたディスカバリー号のシルエットと共に、くっきりとスタンリー・キューブリックという名前が刻み込まれたことは言うまでもない。

 そのキューブリックが「2001年~」を製作したのは1968年。この人類史上に残ると言っても差し支えは無い巨人が実に若干40才の時だった(これだけでも驚異的)。そして、その12年前の28才の更なる若輩者の青年期に作ったのがこのジャンル映画の「現金に体を張れ」だった。そのジャンルとは、当時、星の数ほど作られていたノワール映画。かくして才能と野心に満ち溢れた若き巨人は、このジャンル映画をまるで人体破壊のように粉々に解体してみせる。その解体ぶりは如何なるものだったのか?

 

作品解説

 5年の刑期を終えて出所した前科者ジョニー・クレイ(スターリング・ヘイドン)が企てた次なるヤマは、競馬場の売上金をレース中に強奪するという大胆な犯行。競馬場の窓口係ジョージ(イライシャ・クック)を内通者に、ジョニーは5人のチームを組むが、ジョージの妻が浮気相手にその計画を暴露したことから、分刻みで進行する強奪計画は思わぬ方向に・・。

 体裁だけで言えば、この星の数ほど作られたありきたりの犯罪映画に、キューブリックという未曽有の知能がメスを入れたのは、映画における時間の経過という常識だった。映画は、言うまでもなく時間の経過につれて順を追って進行する。しかし、キューブリックはその常識を、時間というベクトルをバラバラに解体し、小刻みに後戻りしては、またその地点から進行するという、それまで誰もやったことがないメソッドで描いて見せる。

 だから、この映画では、ジョニーをはじめとする5人の男たちの行動が、最後の競馬場での強奪計画というX時間に向って、それぞれが後戻りしつつメンバー毎に何度も繰り返される。それをその度ごとにイントロダクションするのは、時刻を告げる、まったく無機質なナレーション。

 本作が製作されたのは1956年だが、このクールで、渇き切ったニヒリズムは今見ても堪らないほどカッコいい。冒頭のドキュメンタリー・スタイルの競馬場のシークェンスから、緻密に組み上げられたはずの計画の全てが泡沫と化す無常でドライなエンディングまで、本作は、映画というメディアが表現し得る、もっともクールなテイストを堪能できると映画いっても過言では無い。一切の感情を排し、突き放して対象を見据えるキューブリックの映像スタイルが、こうして本作で確立する。

 

製作秘話

 完璧主義を貫くキューブリックだが、さすがにこの時期は、スクリーニングの評価も気にはしていたようで、最初の一般試写の際の観客の反応は散々だったらしい。そこで、後のキューブリックでは考えられないことだが、この時は、一旦、素直に本作を時系列に編集し直した。ところが時系列にしてみると余計、訳が分からない映画になってしまったらしい。そこで、今の形になったという。巨匠の頭の中のパズルは、そのままの形で吐き出すのが正解だったということでしょうか。

 

キューブリックというフェノミナ

 本作で、正確に時刻を伝えるナレーションは、いわば神の声。デビューから晩年まで、その映画製作のスタンスをインディペンデントなスタイルで貫いた巨人の知能の到達点が、いわば「2001年宇宙の旅」という映画だったのではなかろうか。その映画の中で、人間を無機質にジッと見つめるコンピューターHAL9000のあのレンズの目が、キューブリックの丸い目と重なって仕方がない。本作で、カミソリのような知能の切れ味を発揮した若き巨匠は、次なる作品で更なる鬼才ぶりを見せつけて、ニヒリスティックな笑いとともに映画史にその名を刻む、その作品こそ「博士の異常な愛情」だった。


www.youtube.com