負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の大スター同士の本番ファック!?一大巨匠の猥褻なるエロき遺書「アイズ・ワイド・シャット」

至る所にヌード!あらゆる場所でFUCK!おまけに人生最後の言葉もファック!宇宙の啓示を描いた一大巨匠の猥褻きわまりない人生の遺書

(評価 84点)

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猥褻な遺書

 人生最大のタブー。B級フィルム・ノワールの時間軸を換骨奪胎し、核による世界の終末を笑い飛ばし、宇宙を旅する人類の幼年期の終わりを壮大に描き上げ、ホラー映画というジャンル映画を自分の美意識の別世界に根底から塗り替えてみせた、映画史上に刻印のように刻まれた巨匠スタンリー・キューブリック。そのキューブリックの図らずも遺作となってしまった本作は、実はキューブリック本人にとっての人生最大のタブーを破った作品でもあった。

 本作の原作は、シュニッツラーの中編小説「夢語り」。キューブリックにとってまさにライフワークともいうべきこの小説の映画化の最大の壁となったのが、キューブリックの長年連れ添った奥さんクリスティアーネだった。実はクリスティアーネはキューブリックに対し、「夢語り」の映画化を、自分たちの夫婦生命を賭けてまで禁じていた。一体、それは何故?おそらく、それはキューブリックの完璧主義が伝染したかのような、ある種の、夫婦間の潔癖主義だったような気がするのだ。

 映画というメディアは、その客商売としての宿命上、暴力とセックスと相場が決まっている。だが、キューブリック映画の最大の特徴は、暴力はともかく、セックスが欠落していること。まるで禁じ手のように封印してきたセックスという題材を、キューブリックが夫婦関係の亀裂すら厭わず果敢に映画化したのが本作だった。かくして、人生最大のタブーを自ら打ち破ってみせただけの凄味に満ちた作品が出来上がった。人間のセックスというものへの本能的な欲望にまでメスを入れてみせた巨匠、最後の遺作とは・・

 

狂い咲きの乱交の館

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 人生のタブーを破ると開巻から宣言するかのような、ファースト・カットの、いきなりのキッドマンの全裸の背面美ボディに仰天した直後、冒頭からの、キューブリックならではの、フレームの隅々までにテンションが張り詰めたその映像の冴えに、まずは驚かされる。ニューヨークの開業医ビル(トム・クルーズ)とアリス(ニコール・キッドマン)の夫婦は、友人に招かれたパーティに出向こうとしている。そして、向かったパーティ会場は、さながら「シャイニング」のオーバールック・ホテルのボール・ルームのような、まばゆい光に満ちた幻惑の世界。

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 キューブリックならではのシンメトリーの構図がふんだんに多用される、幻覚を催すほどの本作における映像の数々は、それまでのキューブリックの集大成であるかのように、とにかく際立っている。そして。ここでもまた画面に表出されるのがヘア丸出しの全裸のヌード。別室でドラッグの副作用で危篤状態となった全裸のままの女性を介抱した後、ビルは、医学校時代の同窓生ニックと出会う。

 数日後、急逝した患者を見舞ったある夜の帰り道、ビルはニックがステージを務めるバーに立ち寄り、そこでニックから、とある秘密クラブのことを知らされる。そして、良識人のはずのビルはいかがわしい興味から、危険な世界に足を踏み入れていく。

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 ステディカムキャメラによって対象物を捉える、滑らかなその動き、そしてむせかえるほどの色彩と、溢れかえるまばゆい光、その超絶的なほどの映像に幻惑されるうちに覚えるのが言い知れない恐怖感。本作には、美しさとともに、そんな底なしの恐怖感に満ちている。それはきっと、人間のもっとも根源的な関係であるはずの夫婦というものに絶対不可欠の、秩序や調和といったものが脅かされ、破壊されることへの人間の本能的な怯えにほかならない。

 しかし、それを破壊してしまいたいという、衝動にかられるのもまた事実。かくして、ビルは誘惑に抗しきれず、ニックからフェデリオというパスワードを聞き出し、秘密クラブの会合が開かれている館へと向かう。

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 そして、その館こそ、色々なセレブたちが、自由に快楽を謳歌する乱交の館だった、というわけで、このくだりでは、まさにキューブリックが狂い咲いたかのように、いたるところで人間が乱交する様子が描かれる。まるで誰もがペントハウスの雑誌から抜け出てきたような女たちの美ボディに目が釘付けにもなるこのシーン。キューブリックが、長年の連れ合いの尻に敷かれ、抑圧されてきた欲望を存分に開放し、復讐がてら愛妻に、のたまわっているようなキューブリックの得意気な顔が目に浮かぶのは、この負け犬だけだろうか。

 

本番ファックと人生の墓碑銘

 本作公開時、映画館は一杯。満員の客席で負け犬は本作を固唾をのんで見ていた。実は当時、実生活でも夫婦だったトム・クルーズとキッドマンが本編中、本番セックスをするとか、しないとか、そんな風のうわさが流布していた。映画館の客席を埋めた客の大半もその下心に釣られて詰めかけたものではないかと、薄々思っていたのを憶えている。

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 確かにふんだんに登場するヌードとセックス・シーンに、乱交シーンが繰り出される前半と中盤(特に姿見の前で、全裸でメガネをかけて立つキッドマンは生唾もののエロさ)に、そうした嗜好が満たされた客の多くが、夫婦関係にスポットを当てる後半部分には、さすがに困惑しはじめ、ラストのキッドマンの「FUCK!」の一言で暗転する本作のエンディングには、誰もが目を丸くして、劇場を後にしていたと記憶する。

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 それにしても、人生最後の遺作のラストのセリフが「FUCK!」とは。キューブリックという人は、今思えば、巨匠には違いないが、神話に出てくる、あらぬいたずらを繰り返して人々を驚かせるトリックスターのような存在だったような気がする。そのヴァラエティに満ちた作品群そのものが、いたずらの数々だったと言えなくもない。

 厳粛なはずの墓碑銘が「FUCK!」。この挑戦的で攻撃的な姿勢、どこか見習いたいものですよね~