負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬の男たるもの洋式トイレでオシッコする時は・・・?「アバウト・シュミット」

誰にでもやって来るリタイアの時、そこで、その人が終わった人になるかならないかの分かれ目は、実に切実な問題なのだ。

(評価 74点)

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楠木新氏の著作「定年後」という新書本を読み、同著の中で言及されていたことから気になって、フト手に取って、見た本作。はっきり言って面白い。でも、この面白さは、受け手の世代によって、そのプリズムが微妙に変わってくるはず。その変わり具合が、またそれなりに面白いともいえる。

 ズバリ本作で面白かったのは、まさにこの負け犬世代にそのまま被ってくる、リタイアをめぐる描写のディテール。日本映画の場合、古くは小津安二郎に代表されるホーム・ドラマでも散々、描かれてきた、定年にまつわる人生の話。濡れ落ち葉、仕事ロスなんて言葉もすっかり定着し、日本の場合、そのテーマ自体、映画やドラマでは、一つのジャンルになっていると言ってもいい。

 しかし、アメリカ映画の場合、その手の映画にお目にかかることが不思議となかったような気がする。本作では、定年を迎えた一人の男のリタイアにまつわるディテールを巧みに掬い取ってみせてくれる。そんなところが、まずは新鮮だった。そして、そのリタイアのメランコリーに苛まれる主人公を演ずるのが、かつてのニューシネマのシンボルともいうべき存在だったジャック・ニコルソンであるところがまた面白い。

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 老舗の保険会社ウッドメンで長年働いてきたシュミット(ジャック・ニコルソン)は、オフィスの時計をジッと見つめている。その針が5時になったら、シュミットの長きにわたる会社員人生は終わるのだ。こんなイントロで幕を開ける本作だが、開巻早々、シュミットが取りつかれるのが、リタイア後に襲ってくる仕事ロスの憂鬱。

 楠木新氏の著作でも実体験として描かれているけど、定年後はとにかく毎日が日曜日。それどころか曜日の感覚もなければ、時間の感覚もない。何もすることがない生活にいたたまれなくなったシュミットは、同僚がお世辞で言ってくれた、いつでもオフィスに気軽に立ち寄って、との言葉を真に受け、久しぶりに意気揚々と会社に顔出しに言ったりするが、世間話で軽くいなされただけで、すごすごと引き下がる始末。更にその矢先、自分のオフィスの所有物が粗大ゴミに出されているのを見つけてしまう。

 本作は、前半部分のこうしたディテールのテンポの良い積み重ねが実に上手い。そして、序盤のささやかなプロットの急展開。シュミットの妻が急死する。たとえ、空気のような古女房でも、定年早々、いなくなるのは胸にポッカリと風穴が開いてしまうもの。そして、いよいよ寂しさがつのったら、すがってしまうのが唯一の肉親。というわけで、シュミットは、もうすぐ結婚する予定の娘の元に、死んだ妻に乞われて買ったキャンピングカーを自ら運転し旅立つ事になる。

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 シニアがオン・ザ・ロードの旅路につくのは、「ハリーとトント」があった。あちらはどこかコミカルな要素があったけど、こちらのトーンはあくまでもユーモラスでありながら、どこか切ない。

 途上で立ち寄る観光スポットでもひとりぼっち。結局、シュミットは、仕事ロスでもあるけれど、人間ロスでもあることが、それとなく分かる。

 そもそも娘の結婚式とはいえ、シュミットは、もろ手を挙げて賛成しているわけではない。その結婚相手が、自分とは家風が異なる、どこかブルー・カラー丸出しの家系なのが気にくわない。だから、折角、娘と会っても、結婚相手がふさわしくないなどと娘に余計な忠告までして嫌われてしまう。

 でも、結婚相手の実家に泊まるうち、そのフランクな家庭環境に、少しずつ自分の価値観が変わってくる。そして結婚式当日、求められたスピーチで、包み隠さず本心から、娘の結婚相手の一族に、感謝の念をつたえながらも、結局、尻すぼみでスピーチを終えてしまうところがいい。

 騒動もあったけど、それなりに収穫もあったシュミットのささやかなオン・ザ・ロードの旅はこうして終わる。そして、再び誰もいない我が家へとシュミットは帰ってくる。

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 ガランとした我が家、だが、郵便ポストに入っていたメールの束に一通の手紙を発見する。実は、シュミットは、妻の生前、内緒で、ボランティア団体に個人としては法外な金額を寄付していた。その際、アフリカに住み、恵まれない暮しを送るドゥーゴという子供に、迷惑も顧みず自分のあれやこれやの不満を書き連ねた手紙を添えていた。シュミットが見つけたのは、その寄付金への感謝の手紙だった。そして、その手紙にはドゥーゴ直筆の絵が添えられていた。

 いかにも子供が描いたそのまんまの素朴な絵。映画のラスト。その絵を見つめているうちシュミットはさめざめと泣く。映画はそこで終わる。この素朴な絵とさめざめと泣くシュミットの涙の意味は、痛いほどに良く分かる。だから、こちらまでもらい泣きして涙が溢れて来る。

 確かに、冒頭にご紹介した「定年後」という本をはじめ、定年後を豊かに生きるためのハウツー本は山ほど出版されている。定年後の仕事ロスを、何らかの形で埋め合わせることは出来るかもしれない。しかし、人間なら誰にでもやって来る、晩年の孤独は、おそらく埋め合わせることなど出来ない。誰もがその孤独と折り合いをつけて、その人なりに生きていくしかない。シュミットは、自分なりにあがいた挙句、そのことを悟る。それ故の涙なのではないでしょうか。

 さて、こんな本作だが、最高に傑作なのは、シュミットの妻が訓戒のようにシュミットに科していた掟。シュミットはトイレで用を足す時、トイレの床を汚さないよう、洋式便器に座ってオシッコをするよう、申し付けられている。そして、シュミットはオシッコのたびに忠実に、女性のように便器に腰かけてオシッコをしている。そして、妻が死んだら、まるで解放されたかのように、ようやく立って存分にオシッコをする。この日常のリアリティには笑える。

 でも、実はこの問題、掃除をやらされる女性の方々からすれば切実な問題のはず。実際に、この負け犬もその昔、毎回、床を汚されることに腹を立てたオフクロから金切り声で、座ってして!と怒られたことがある。

 そこで、ようやく洋式トイレでオシッコする時のコツを体得しました!男の小用の都合上、便器に向って立ってすれば、オシッコの放物線の軌跡の関係で、便器も床も汚れてしまう。ところが、便器を完全にまたぐようにして用を足せば、便器も床も汚れない。実際、この負け犬は、もう長年そうして用を足している。トイレットの作法はかくも奥が深いということでしょうか・・?

 もしも、お困りの方がいたら、指南してあげてはどうでしょう(笑)