負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬の悪夢を予言した勇気あるアメリカンスピリッツに感涙した件「チャイナシンドローム」

迫真のアクチュアリティとエンターティメントの完璧な融合体がここにある!社会に斬りこむアグレッシブなスタンスと上出来な娯楽性。アメリカ映画の王道を示してのけた超傑作!

(評価 86点)

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悪夢を見事に予言してのけた迫真性。そして、まったく音がない、粛々と流れる沈黙のエンドクレジットに拍手喝采し見るたびに胸が奮える!

 数日後、いや、それどころか、三十年後もの未来に起きる出来事を、まるで予言者のように忠実に具現化するなどということが出来るのか?しかし、それをやってしまった映画がここにある。

 1970年代、クリーン・エネルギーの救世主か、それとも災厄の種でしかないのかで、議論が白熱していた原発問題に斬りこみ、見事にエンターティメントにしてのけた本作「チャイナシンドローム」こそ、その作品。とにかく、全編にみなぎる攻めの姿勢が、胸がすく程気持ち良く。見るたびに引きずり込まれ、エンドクレジットのローリングが始まると、ズンと胸にこむあげるインパクトをいつも噛みしめてしまう作品なのだ。そして、プロデユーサーも兼ねたマイケル・ダグラスの慧眼に、これまた感嘆してしまう作品でもある。

 ローカルTV局の女性リポーター、キンバリー(ジェーン・フォンダ)は相棒のカメラマン、リチャード(マイケル・ダグラス)を伴い、原子力発電所の取材に赴く。ほどなくして、現地の担当者と共に、コントロール・ルームの見学をしている途中、地震が発生。制御不能に陥った原子炉で冷却水の低下が始まり、コントロール・ルームは、たちまちパニックと化す。しかし、現場の所属長ジャック(ジャック・レモン)の咄嗟の判断によって、炉心溶融という最悪の事態の回避に成功する。

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 この一部始終をひそかに撮影していたクルーは、持ち帰ったフィルムを局長に見せ、特番としてオンエアすることを提案するが、確実性に乏しいと却下。その頃、ジャックは独自に原子炉に乗り込み、事故の影響で亀裂が生じていることを発見。更に、その後、会社がおざなりに行った検査に不正があることを告発しようとするのだが・・。

 何気ない出だしから、一気に緊迫感が増すイントロの原発トラブルのシークェンスから本作は、畳みかけるようにサスペンスが緩急を巧みに伴い展開し、実に小気味よい釘付け感を半端なく味合わせてくれる。

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 その牽引力になっているのが、間違いなくキャストたちの魅力。野心溢れる女性リポーターに、当時、ウーマンリブの旗手とも目されていた溌溂としたジェーン・フォンダ。バイタリティ溢れるカメラマン、リチャードにマイケル・ダグラス。そして、何と言っても、原発の現場責任者として長年貢献して来た、叩き上げのいぶし銀の魅力を全身から発散させているジャック・レモン。この主要キャストのアンサンブルが本作、最大の魅力の一つと言っていい。

 本作の白眉と言っていいのがクライマックス。原発を愛しつつも、会社側の杜撰な体制を告発しようとし、ジャックは孤立無援に陥る。そして、とうとうそのジャックが、コントロール・ルームを乗っ取って、キンバリーに自分のインタビューをオンエアさせようとするクライマックスからのくだりの緊迫感は只者ではない。

 思えば70年代、それもニュー・シネマを経て、一皮むけてからのアメリカ映画の最大の魅力とは、社会に鋭く切り込む姿勢と、エンターティメントとの、巧みなバランス感覚だったように思う。

 それが本作でもっとも発揮されているのがエンディング。コントロール・ルームに突入したSWATたちによりジャックが射殺され、ジャックがアルコールを摂取していたと、白々しくTVのインタビューに応えている会社の報道官に、キンバリーが毅然と割って入って、ジャックの同僚のテッドにインタビューするシーン。

 ジャックに協力を懇願されても、見て見ぬふりをし続けていたテッドがキンバリーの真実を伝えようとする態度に触発され、遂に、ジャックの正当性を認め、原子炉が安全ではないことをリポーターたちの前で公言する。

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 そして、画面は暗転し、そこから、まったく音が無いエンドクレジットが流れ出す。この音のないクレジットにアメリカ映画の圧倒的な自信が如実に現れている。それこそが、社会に斬りこむテーマを扱いながらもエンターティメントの面白さで観客を釘付けに出来ると言うアメリカ映画の豪胆な実力であることを、ここで思い知らされる。

 この負け犬は、何度見てもこのエンドクレジットで、その2時間の圧倒されるようなサスペンスから解放されたかのように放心すると共に、テッドの勇気ある発言に、うっすら滲んだ涙でかすむ目を拭い、ひれ伏すような感覚を覚えてしまうのだ。

 特筆すべきは、やはりマイケル・ダクラスのプロデユーサーとしてのアンテナの感度の良さでしょう。この人は、到底一般受けしそうもない、精神病院を舞台にしたあの名作中の名作「カッコーの巣の上で」をいち早くプロデュースしてのけた才人でもある。ここでも、

一見、とっつきにくそうな原発という堅苦しそうなテーマにメスを入れ、抜群なエンタメに仕上げてしまった功績は、賞賛以外の何物でもない。思えば、マイケル・ダクラスのお父さんのカーク・ダグラスからして、攻めの姿勢で次々と野心的な作品を自ら製作していたから、親譲りというべきか。

 それにしても、映画は現実を映す鏡とは言うけれど、現実に先立ってこれほど迫真的に現実の出来事を具現化してのけた作品は他では、そうは見当たらない。あの福島の原発事故の記憶が冷めやらない日本人からしたら尚更の話。

 福島での一件をそのまま忠実になぞるかのようにビジュアル化してみせた、地震の耐震性の脆さが炉心溶融のトリガーとなる、イントロの事故のシーンなど、三十年も先取りして、どうやって作れたの?と思わず口にでそうなくらいの迫真性だと云える。

 ただ、マーケティングに乗っかったフランチャイズ化された作品ではなく、こうした攻めの姿勢に満ちた作品を見るのは実に気持ちの良いものです。何かにつけて、こういうアグレッシブなスタンスというものは見習いたいものですよね~