負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のダーティハリーの最強の敵はただ厚かましいだけのオールドミスのオバさんだった件「恐怖のメロディ」

ハリー・キャラハン最大のピンチにして、映画界最大の巨匠クリント・イーストウッドの記念すべき監督デビュー作

(評価 80点) 

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赤の他人が自分のプライバシーに土足でズカズカと侵入してくる恐怖!イーストウッドが初監督にしてヒッチコックをもしのぐスリラーを作り上げたストーカー・ホラーの傑作。

 この世で本当に怖いのは、幽霊でも悪魔でも怪異現象でもない、人間だ。それも、一見、ごく普通のまともな人間なのに、その本性が、どこかネジがはずれた人間ほど怖いものはこの世にない。あのタフガイ、イーストウッドが1971年という時代にして、ストーカー問題に早々と先鞭をつけ、ネジがはずれた人間の、あるある感満載のホラーを初監督にして作り上げた傑作映画。

 人気DJのデイブ(クリント・イーストウッド)のラジオ番組に、ある夜、一人の女性から、ジャズのスタンダード・ナンバー「ミスティ」をリクエストする電話がかかってくる。デイブは何の気なしにそのリクエストに応え、そのレコードをかけるのだが、このさりげない出だしこそが、デイブが体験する恐怖の連鎖の始まりだった。

 「ダーティハリー」や「白い肌の異常な夜」でドン・シーゲルとタッグを組み、乗りに乗っていたイーストウッドが、ジョー・ヘイムズが書いた「PLAY MISTY」という脚本に目を止めたのは、ヒッチコック風のスリラー的要素をもちあわせながら、その内容に真に迫ったリアリティを感じたからだった。常にスターの地位にあり続け、プライバシーが脅かされる生活を強いられていた自分自身が主人公のDJに少なからず投影されていたからかもしれない。

 この脚本を気に入ったイーストウッドは、すぐに映画化に着手。脚本家ディーン・リーズナーを加えリライトさせた。そしてイーストウッドは、自らが監督したいとユニバーサルの重役たちに申し出る。しかし、これを不安視したユニバーサルは資金の提供を渋り、イーストウッドは自身のマルパソ・プロで全面的に資金を工面し、この初監督作に臨むことになる。そして、その時、イーストウッドの精神的メンターともいえる存在になったのが師と仰ぐドン・シーゲルだった。

 冒頭、ミスティのリクエストに応じたデイブは仕事帰りにいつものバーに立ち寄り、旧知のバーテンダーとリラックスした会話にこうじていた。その時、バーのカウンターの片隅にいたちょっと気になる女に目を止める。その女こそが、番組にミスティをリクエストしてきた女イブリン(ジェシカ・ウォルター)だった。デイブはイブリンとたちまち意気投合し、当然の成り行きで一夜を共にする。しかし、そこからデイブが予想だにしなかった恐怖が幕を開ける。

 一見まとも、しかし、一皮むけば常識をわきまえないプッツン女というストーカー女イブリンを演ずるジェシカ・ウォルターが実に秀逸。本作は、このイブリンの怒涛の御近所トラブルのようなあるある感満載のエピソードが積み重ねられることで、リアリティのある一級のホラーになり得ている。その手始めが、最初の一夜のすぐ翌日。イブリンが頼みもしないのにいそいそと食材を持って、何の連絡も無しに、いきなり訪ねて来る。

 とりあえず一回ヤッチャたわけだし、ここはひとまず仕方ないとばかりにイブリンを招き入れるデイブだったが、それこそが運の尽き。たちどころに夜中に平然と電話をかけて来る。その果てに、帰宅したら、一体いつから待っていたのか、全裸に毛皮を一枚羽織っただけの異様な姿で自宅の門前にいて、その毛皮を脱ぎ捨て、ケラケラと笑う。ここまで来ると、さすがにノーマルの指標のバロメーターを超えている。

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 一番、ゾっとしたのは、いがみ合うデイブとイブリンを見て、ひやかしの言葉を投げかけた通行人に向って、イブリンが、いきなり人が変わったように豹変して悪態をつくシーン。デイブは、ここでギョッと慄くリアクション・カットの後、一目散に車に飛び乗って逃げて行くのだ。本作では、ドン・シーゲル監督が、デイブの親友のバーテンダー役を演じているが、こうした、瞬間のリアクションを捉える細やかな演出を見ていると、ドン・シーゲル自身が本作を監督したと言っても、誰も信じ切って疑いもしないだろう。それほどまでに、本作におけるイーストウッドの演出は、年季の入った職人監督のような巧みの冴えさえ感じさせるものとなっている。

 やがて、常軌を逸したイブリンは、デイブのメイドに切りつけ、重傷を負わせ、サナトリウムに強制入院させられる。ひとまず、安心とばかりに、恋人のトビーとのくつろぎの時間を楽しむデイブだったが、司会の番組のオンエアの最中、取った電話に出た相手は、ミスティをリクエストするイブリンだった。いつの間にかイブリンは、サナトリウムを退院していたのだ。そして、イブリンの持つナイフの刃先が、恋人のトビーにまで向けられた時、デイブの怒りが爆発する。

 ストーカー女の映画と言えば、忘れてはならないのが、ブロックバスターとなったあの「危険な情事」。本作は、その「危険な情事」の元ネタとなったことでもつとに有名。確かに、自宅で口論した後、一旦、おとなしくなってバスルームに向い、そのドアを開けたら、リストカットしたイブリンがいるシーンなど、そっくり借用したようなシーンがいくつも「危険な情事」には出て来る。しかし、後者も、サイコ女アレックスを演じたグレン・クロ-ズの神がかった演技など、見所も多く、この負け犬も大好きなホラーであることは確か。

 ただ、家族持ちを主人公にしていた後者と違い、本作では主人公をプレイボーイのDJにしている分、自業自得の感が勝って切実度では、「危険な情事」に劣ることもまた確か。実際、ラジオのディスクジョッキーでこんなにマッチョで強面なDJがいるのかといえば、イーストウッドには悪いが、当の主人公がミスキャストと言えなくもない。

 とはいえ、初監督で見事に才能を開花させ、これ以降、監督として輝かしいキャリアを築いたイーストウッドだったが、本作では女優陣も自らキャストした。イブリン役のジェシカ・ウォルターは、「グループ」という映画で、8人の女学生のうちの一人を演じていた端役同然の彼女を見て、一目で気に入ってイブリン役にキャスティング。恋人のトビー役のドナ・ミルズはお昼の時間帯のソープ・オペラに出ていたところをスカウトした。面白いのは、どちらも、どことなく神経症的な線の細い女性であること。

 線の細い女性と言えば、後にイーストウッドが公私混同して入れあげたソンドラ・ロックがまさにそうだった。ひょっとしてイーストウッドは、ニューロティックな女性に虐められてみたいマゾっ気があるのかもしれない。しかし、プライバシーを侵害されただけでは、さすがにマグナムで吹っ飛ばすわけにもいかない相手だから、この手の敵は、本当に困ったものですよね~