負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう崖っぷちの映画録。また、たまに<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>と題して、映画の実際のスクリプトを原文と翻訳でご紹介。英語学習気分もちょっぴりどうぞ!

負け犬の優等生は熟女の脚がお好き「卒業」

斬新で独創的な映像テクニックのパノラマ、さらには脚フェチには堪らないアン・バンクロフトの足の美しさ!ニュー・シネマの不滅の代表作!

(評価 88点)

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半世紀の時を超えても、まったく古びない、シンプル且つ驚異の映像テクニックとサイモン&ガーファンクルの永遠の名曲のセッションは、今後も未来永劫輝き続ける。

 今更、言うまでもない、アメリカン・ニュー・シネマの代表的傑作。そして、このデジタルエイジになっても、次々にシームレスに繰り出される卓抜な映像に、何度見ても驚かされる斬新作である。

 開巻の映像が実に印象的。まずは、東部の大学から帰郷するベン(ダスティン・ホフマン)のアップショット。やがてキャメラは、空港から降り立ったベンがウォークウェイに乗って移動するのをそのまま横移動のトラッキング・ショットで捉え続ける、そして、そこにあのサイモン&ガーファンクルの名曲「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる有名なオープニング。その時、ベンは通り過ぎる女性を、横目でチラチラと見る。これだけで、それとなくベンが女性にコンプレックスを抱いているのが如実に分かる。

 この横移動のオープニング・シーンは、あのタランティーノが「ジャッキー・ブラウン」のオープニングにそっくり借用した。そのことでも分かるように、本作は、映像的な映画の数々のシーンに今でも、そのエッセンスが採取され、活用されているほど、卓抜なセンスの映像に満ちている。

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 その映像センスの主こそが、まさに才気溢れるという表現がふさわしい、本作の監督マイク・ニコルズ。とにかく本作でマイク・ニコルズが次々と軽いフットワークで繰り出す映像の数々は秀逸と言うほかない。さらに、会話やシーンの節々にインサートされるユーモア、それに、当時はニュー・フェイスに過ぎなかったダスティン・ホフマンキャサリン・ロスの若々しい魅力、そして、一度見たら目に焼き付くような、熟女アン・バンクロフトのスレンダーな脚の美しさ。とにかく、あらゆる魅力が満載された、何度見ても新鮮な傑作だ。

 大学をトップで卒業したベンだが、社会人になるのを目前にして、すっかり怖気づいて悩み、モラトリアムに陥っている。近所の顔見知りの人間たちのベンの卒業を祝ってのパーティでも、殊更に、これからはプラスチックだ、と助言してくれる人もいるが、その気になれない。そんな時、知り合いのロビンソン氏の奥さんに、家まで送ってと言われ、エスコートするや、そのロビンソン氏邸で、ミセス・ロビンソンアン・バンクロフト)に露骨に誘惑されてしまう。

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 ここで瞠目させてくれるのがストッキングに包まれたミセス・ロビンソンの脚を、キャメラが大写しで画面の上部に捉えたその足越しにベンが収まっている大胆な構図のショット。ただ単にサプライズなアングルショットというだけでない。この構図のおかげで、ベンがまだ女を知らない童貞であることが見る人間に掬い取るように良く分かる仕掛けになっている。

 このように本作における独創的なシーンの数々は、そのビジュアルでサプライズさせてくれるというだけでなく、キャラクターたちの心情を的確に浮き彫りするためのメソッドとしても機能しているところがとにかく素晴らしい。

 最初は、ミセス・ロビンソンの誘惑にたじろいでいたベンがいよいよ決心し、逢引のホテルで童貞を捨てるシークェンス。ここでまず、ホテルのカウンターでのコミカルなベンの立ち居振る舞いで笑わせた後、ホテルの部屋でのミセス・ロビンソンとの直接的なセックス・シーンなどは一切見せずに、斜の構図などを駆使したビジュアルでスマートに見せる手際が実に鮮やか。しかし、ここでアン・バンクロフトが発散する、イケてる大人の女のムンムンするようなエロい色香も実に見所。

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 そして、後の映画にも多大な影響を与えたマジックといってもいい程のモンタージュの魅力。ミセス・ロビンソンとのセックスに溺れ、アンニュイで自堕落な生活に耽っているベンが、泳いでいたプールから飛び出てくると、倒れ込んだ先が、ミセス・ロビンソンが寝ているベッドで、誰かの声に気付き振り返り見上げると、いつものようにプールの上でベンが漂っているという、たった3カットのモンタージュだけで時間がめまぐるしく入れ替わっている見事な編集。この手際の鮮やかさは見ていただかないと分からない。ここでの逆光の処理も見事。見上げた両親と、ベンの家を訪れたロビンソン夫妻の顔は、逆光で真黒につぶれている。そこから描出されるのは、ベンと両親をはじめとする大人たちとの埋めがたい距離感だ。

 しかし、そんなベンに、ロビンソン夫妻の娘エレーン(キャサリン・ロス)の来訪という転機が訪れる。支配欲の強いミセス・ロビンソンは実の娘に対し嫉妬心を燃やす。その挙句、ベンに、エレーンには近づくなと命令する。そのことでベンは、両親同士がセッティングした初デートで、エレーンに、わざとハラスメントな行為をしてしまう。しかし、ベンが、いかがわしいストリップバーにエレーンを連れ込み無理強いした時、エレーンが見せた涙に我に返ったベンは、エレーンに恋している自分に気付く。

 遅まきながら自我に目覚めただけあって、ベンのその後の行動は猪突猛進。ベンと母親であるミセス・ロビンソンとの不倫というあまりにもセンセーショナルな事実を知り、ショックを受けて大学に舞いもどったエレーンをベンは、ただひたむきに追いかけて行く。

 ここからの、ひた走るベンの姿にサイモン&ガーファンクルの名曲がシャッフルする数々のシーンにはニュー・シネマならではのみずみずしい魅力に溢れている。

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 そして、あの有名な教会での花嫁略奪のクライマックス。両親の差し金で、裕福な医学生と結婚しようとするエレーンをベンが力ずくで奪うシーン。まさに、ニュー・シネマの典型のような若さと無軌道なパワーの象徴のようなシーンだが、実は、本作の鋭さをもっとも感じさせてくれるのは、この直後。やって来たバスに二人で駆け込んだベンとエレーン。最初は、大胆な行動の興奮もあいまって、無邪気に笑っていた二人が、バスの乗客たちに見つめられていることに気付くと、フッと我に返って真顔になる。そのまま遠ざかっていくバスをキャメラは捉えてエンディングになる。

 この瞬間、見ているこちらまで、何か現実に引き戻されたように一瞬、不安になる。たった1カットの瞬間的なこの描写だけで、おそらく親の援助もなく、今後、二人だけで生活を歩む二人に完全にシンパシーを感じてしまうのだ。

 ニュー・シネマは、ただ単に若者たちの奔放さや無軌道を描いていただけではない、どんな映画にも、現実を巧みに切り取る鋭さを持ち合わせていたから、今見ても新鮮なのでしょう。フレッシュな役者の魅力、卓抜な映像に忘れ難い音楽、それに脚フェチの人には堪らないはずのミセス・ロビンソンの超絶的に美しい足。

 これからも無数に見続けることになるはずですが、負け犬的には、今後も決して見飽きることのない超ド級の傑作なのです。