負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の一世一代の狂気の沙汰を正気の沙汰に変えたのはあるカップルの愛情だったという件「タイタニック」

映画業界の関係者は言うに及ばず、一般人にジャーナリスト、その全てが公開前から失敗作の烙印を押した作品が、どうして成功したのか?実はその秘密は、あの「アビス」の失敗にあった!

(評価 80点) 

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 本作の公開当時、たまに職場の仲間と連れ立って、話題の映画の先行オールナイトに出かけ、その後は朝まで飲み明かすなんてことをしていたことがあった。その当時、話題をさらっていた映画と言えば、あのウィル・スミスの大ヒット作「メンインブラック」。そして、その時、連れ立って出かける先行オールナイトのプレビューに選んだ作品こそ、エイリアンと軽快にヒップホップを踊るMTVもイカすその作品「メンインブラック」だったのだ。

 ただ、期待の方が先行したのか、その作品自体、大して面白くなかったことは憶えている。だが、そのイベントは、見た映画を肴に飲む方がメインだったから、そのまま劇場を出て、どこで飲もうかと歩き出した矢先のこと、ちょうど隣の映画館でやっていた先行オールナイトの作品を見終えた客たちが、劇場を出るところに出くわした。

 そして、その作品こそが、本作「タイタニック」だった。

 その時良く憶えているのは他でもない、劇場から出てきた観客の少なさだった。「メンインブラック」の方は宣伝効果による話題の浸透もあって、客の方もそれなりに、しかし、「タイタニック」はといえば、たった数人しかいなかった。つまり、公開時における「タイタニック」への期待度は、その程度でしかなかったのだ。

 東京国際映画祭のオープニング作品を飾ったことで、世界でまさに初お目見えした本作。その時が、本作プレビューの正真正銘の産声だったことは、ジェームズ・キャメロンが、来日した際のインタビューでも、オープニング・プレビューの前日までラッシュの編集に手をいれていたと明かしていたことからも、嘘偽りはない。しかし、本作に対するスタンスはといえば、今では有名な話、全ての映画関係者たちが総スカンの状態だった。

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 まず、本作は、キャメロンがその製作発表をした時点から、完全な冷笑を買った。今更、タイタニック・・?とばかりに完璧なまでにドン引きの状態だったのだ。あのパニックの名作「タワーリング・インフェルノ」以来といっていい、パラマウントと20世紀フォックスという二大メジャーが手を組み共同出資となった本作の、当時の重役陣の評価もきわめて冷淡だった。まずは、そのとてつもない予算、そして、その費用対効果。要は、万が一、ヒットしても続編の作りようがない、つまり、映画の興行収入以外のフランチャイズとしてのメリットがゼロな企画ということだった。

 しかし、そうした逆風を全身に浴びながら、何とか本作は製作を始動する。だが、当然ながら、製作費がうなぎ上りに膨れ上がっていく。もともと自信過剰で完璧主義のキャメロンに対するネガティブな印象もあったとはいえ、制作過程を取り上げたマスメディアのバッシングも、はっきり言って正気の沙汰ではなかった。

 あらゆる媒体が、作品を見もしないのにこれを失敗作と大々的に鳴り物入りで囃し立てた。新聞、雑誌には、本作の失敗を揶揄する、タイタニックが沈没するカトゥーンがこぞって書き立てられた。そのヒステリックなバッシングを経て、ようやく本作が完成した際のリアクションもきわめて冷淡そのもの。

 公開時のポスターはディカプリオとケイト・ウィンスレットが寄り添うだけの、ラブ・ロマンス丸出しの、まったくキャッチー効果ゼロのダサいポスター。加えて上映時間は3時間越え。パブリシティーの熱の入れようの度合いもさしてやる気も感じられないものだった。

 ところが、誰でも知っているように、本作は日本だけで、200億を超える興行収入という、とんでもない偉業を成し遂げた。

 今でも、改めて、どうしてだろう?と考えてみることがある。その時、真っ先に思い浮かぶのは、先行オールナイトのあの夜のことだ。あの日の夜で、今でも忘れられないことが一つある。確かに、劇場から出てきた客はたったの数人に過ぎなかった。でも、その客の誰もが、これ以上はないほどの満足至極な笑顔を浮かべていた。本作のヒットの原動力は、まさにこれに尽きる。

 現在の常識でいえば、ヒットはまずスタートダッシュ出来るか否かで決まる。しかし、この映画の場合、その興行収入のラインは実に緩やかに、それでも着実に右肩上がりの曲線を描いていったといっていい。それほどまでにこの映画の最初のヒットの兆候は、目立たないものだったという記憶がある。つまりは、本作のヒットの実態は、映画そのものの実力を端的に示す口コミそのものだったのだ。

 そして、もう一つの秘密だが、ジェームズ・キャメロンの映画には、その作品すべてに共通するある特徴がある。それは、大掛かりなスペクタクルでもなく、派手なアクションでもない。キャメロンの映画のモチーフとは、極限状態に置かれた一組のカップルが、艱難辛苦を乗り越え、打ち勝つものなのだ。

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 たとえば、マンネリズムに陥っている平凡な夫婦が、実は海を股にかけるエージェントで、その夫婦がテロリストに立ち向かうことで、愛情を取り戻す「トゥルーライズ」がもっとも分かりやすいサンプルかもしれない。更には、そもそもキャメロンのフィルモグラフィー黒歴史的なデビュー作「殺人魚フライングキラー」がまさに別居中の夫婦が、パニックに立ち向かう話だったことをはじめとし、現在に至るまで、キャメロンのカラーがもっとも全面的に発揮された作品が「アビス」といえる。

 キャメロン自身が監督を手掛け、そのキャリアで唯一、興行的に大敗を喫したこの作品。深海に閉じ込められた原油採掘プラットフォーム、ディープコアの採掘班のリーダー、バッド(エド・ハリス)がディープコアの設計者の元妻リンジー(マアリー・エリザベス・マストラントニオ)と出会う。そこで、座礁した原潜や深海の海溝アビスにコロニーを築いたエイリアンが絡むドラマの中、危篤状態に陥ったリンジーをバッドが蘇生させる本編、白眉の名シーンがある。

 元妻を必死で蘇生させようとする夫と、それを見守る仲間たち。このシーンの撮影では、完璧主義のキャメロンの想像を絶する取り直しのシゴキに、スタッフ、キャスト全員が音を上げた。しかし、そのシゴキに耐え、出来上がったこのシーン。何度見ても、胸が揺さぶられ、涙が込みあげてくるものがある。

 そして、今、改めて「タイタニック」を見ると、実はこの映画が、「アビス」のその10分程度の、蘇生のシーンのエッセンスを、そのまま3時間にブローアップしたもののような気がしてくる。

 死と絶望の恐怖に慄き、襲い掛かる海水の濁流に呑まれながらも、懸命に生き延びるための闘争に邁進するカップル。この「タイタニック」のディカプリオとウィンスレットのカップルの姿は、同じように深海で襲い掛かる海水に呑み込まれていく、採掘プラットフォームから脱出を図るバッドとリンジーの姿にそのまま重なっていく。

 そして、それは、キャメロンのキャリアの頂点となった「アバター」のジエイクとパンドラの先住民ネイティリのカップルにまで綿々と、そして着実につながっているのだ。

 総製作費が、実際のタイタニック号の建造費を上回る、まさに狂気の沙汰ともいえる「タイタニック」のメイキング。それが当時、史上最高の大ヒットとなり、正気の沙汰に化けたのも、言ってしまえば時の運なのかもしれない。しかし、運はただでは天から降ってはこない。それを引き寄せる何かが必要だ。そして「タイタニック」の場合、それは、キャメロンが、きっと今もこだわり続けている、逆境に耐え、勝ち抜くカップルというテーマだったとしても何も不思議はないはずだと思うのですが、いかがでしょう?