負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬が執念を燃やすのはマイノリティーの争いだったという件「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」

向かい合う宿敵同士が、雄叫びをあげながら突進する。チャイニーズ・マフィアの若きリーダーとポーランド系のやさぐれ刑事の宿命の対決を描く、巨大スケールのアクション大作。(評価 74点)

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権力争いの果て、バカデカイオートマティックを手に陸橋の上で宿命のライバルが対決する、Vシネマを絵に画いたストーリーでも、これだけふんだんに資金を投入してくれれば文句無し。

 公開時に見て凡作に思えても、何故か気になって今では手放せなくなっている映画というものが誰にでもあるのではなかろうか。負け犬にとってのそんな映画がまさにこれ。

 あの「天国の門」で史上最大規模の失敗をしでかした、しくじり先生マイケル・チミノがカム・バックを果たした作品。この負け犬もそうだが、大抵の人にとっても少々、意外だったのは、完璧に業界から干された身の上ながらも、復帰を果たしたその作品が、大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス製作による大作だったこと。そこは、それ、腐っても鯛。さすがは、アカデミー賞受賞監督の業界における威光というべきか。

 そんな本作は、当時、台頭しつつあったチャイニーズ・マフィアにスポットを当てるという、アクチュアリティを打ち出しながらも、その骨子は完全にヤクザ漫画といっていい。

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 チャイナタウンを牛耳る、中国移民。本作は、冒頭、そのグループのリーダー格の長老がいきなり殺される性急な出だしから幕を開ける。次いで早々に出て来るのが、グループの次期リーダー格のポストを狙う、若き野心家ジョーイ・タイ(ジョン・ローン)の登場と、長老の葬列に現れたNY市警の刑事スタンリー(ミッキー・ローク)の確執だ。ここで描かれる主役二人の対立構造が、本編通じてのバックボーンとなるのだ。更には、チャイニーズ・マフィアを目玉のトピックにしようと躍起になっているTVリポーターのトレイシー(アリアーヌ)を交え、以降の展開は、すべてお約束通りといっていい。

 ジョーイは、リーダーの座を狙い、内部分裂を図る画策に走る。それをポーランド系の意地をかけてスタンリーが追う。当時、人気絶頂だったミッキー・ロークが演ずるのは中年刑事という役。それもあってか役名のスタンリー・ホワイトにあやかってというわけではないが、髪を白く染めている。

 中年刑事のスタンリー夫妻には子供がいない。子供を欲しがる妻との関係は冷めきっていて、冒頭からヒステリックな喧嘩に明け暮れている。

 「ディア・ハンター」ではロシア系移民の生活にこだわったマイケル・チミノだけあって、ここでもスポットを当てるのはマイノリティーの移民たちだ。チャイニーズ・マフィアの幹部たちが口にするのは、かつての西部開拓時代、鉄道建設に、奴隷同然に駆り出された過去。しかし、そのコンプレックスをバネに、勢力を拡大し続けるチャイニーズたちを、ポーリッシュのスタンリーは看過することが出来ない。

 正攻法の域を出ない、このギャングものに、どうしてここまで魅力を感じるのか?改めて再見し、気づくことがあった。本作は、とにかく作りが丁寧であるということだ。それに、ほぼすべてのショットに広角レンズが多用されている。そのことで、セット、実景を問わず、背景のディティールに至るまでその全てがフレームの中にびっしりと収まっている。漫画でいえばコマの中にびっしりと書き込みされている印象がある。そのことが作品に厚みを与え、とりもなおさず作品そのものの面白さをUPすることにもつながっている。

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 アクション・シーンも数は少ないが、ジョーイが内部分裂を引き起こすために図った、レストランの襲撃シーンをはじめ、作り込みはちゃんとされている。あのデビュー作の「サンダーボルト」で見せてくれたような切れ味も披露してくれる。

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 そして、何よりもマイケル・チミノならではという出色のシーン。ジョーイがドラッグ市場の独占を図るため、東南アジアの山岳地帯に直談判しにいくシーン。ここでズラリと居並ぶ現地のゲリラ集団の兵士たちの数には圧倒される。映画自体はただのギャングものの体裁なのに、ここだけ何故か「アラビアのロレンス」のような巨大スケールの史劇でも見ているような違和感を覚えるほど。ジョーイが現地のボスにブラフを見せつけ、取引のコネを得るというだけのこのシーンに実際、これほどの群衆がいるのか?と思ってしまうが、これこそが「ディア・ハンター」でも異質なほどロシア系移民のセレモニーや、ベトナムでのサイゴン陥落のモブシーンを執拗に描いていたマイケル・チミノのこだわりといっていい。こうしたこだわりが、最後にぶつかり合うジョーイとスタンリーの対決の、間違いなく隠し味になっている。

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 改めて見ても、贅沢に製作費が投入され、手抜きなくびっしり画面に収められた背景の魅力と最後には打ち合うことになる男たちの宿命のドラマには酔わされた。これは寡作に終わったマイケル・チミノが最後に見せた意地とでもいうべきか。現にこの作品が、チミノが手掛けた最後の大作となってしまった。

 ただ一つ残念なのは、女優陣に華がないこと。特にスタンリーと不倫関係になる重要な役のTVリポーターのトレイシーを演じるアリアーヌなる女優さんは、正直、他にいなかったの?という位魅力がない。

 決定権のあったチミノの趣味と言えばそれまでだけど、もう少し良い趣味を持ってほしかった・・。あの原田知世に熱を上げてこだわりまくっていた角川春樹もそうだけど、他人の女性の趣味というのは分からないものですよね~