負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の真夏の熱き男たち「十二人の怒れる男」

映画界の至宝シドニー・ルメットの最高傑作にして、アメリカ映画群の頂点に位置する星座に輝く一番星!

(評価 95点)

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手に汗握り、食い入るように画面を見つめ、最後には涙する。映画の醍醐味と社会性、モラリティまでも問いかける大傑作。

 本作を初めて見たのは、ヘンリー・フォンダが逝去した時、急遽、追悼特番としてプログラムが差し替えられた「水曜ロードショー」だった。モノクロのクラシック、正直、最初は、さしたる興味も抱かず、たまたまチャンネルを合わせただけだった。

 ところが、全編、舞台がほぼ陪審員室の一室のみに限定され、ただ、十二人のむさ苦しい男たちが喧々諤々、議論をするだけの、その映画に、たちまち引きずり込まれ、画面を身じろぎもせず見つめるうち、最後には涙腺を緩まされ、見終えたその時には、胸いっぱいに感動の余波が染みわたり、あの水野晴郎の名せりふ「いや~映画って本当にいいもんですね~」をシンクロしながらつぶやいていた。

 映画の内容は今更、説明するまでもないかもしれない。一人のマイノリティの少年が父親殺しの嫌疑をかけられた裁判。その裁判の陪審の協議を行う12人の男たちが陪審員室に向かうところから始まる本作。そこから、本作のキャメラは、エンディングに至るまで陪審員室の中から一歩たりとも外に出ることはない。

 状況証拠的な観点から、有罪がまず揺るぎなく、蒸し暑い夏の午後ということもあり、男たちは早々と有罪の評決を出そうとするが、その時、陪審員8番(ヘンリー・フォンダ)の男一人だけが、無罪を主張する。これを皮切りに、12人の男たちの熱いディスカッションの火蓋が切って落とされる。

 本作は、言うなれば、このディスカッションが如何なる顛末に至るかを目撃するドラマ。しかし、たったそれだけを全編にわたって描く映画など、思い起こせば、今に至っても本作以外にただの一本たりともなかった。さらに面白いのは、男たちそれぞれに、それなりのリアクションのカラーがあって、見ている側が、感情移入していく対象が刻一刻と変化していくところ。

 ディスカッションのスタートは完全に白け切ったムードから始まる。分かり切った裁判だし、蒸し暑いから、とっとと帰りたいのに、たった一人の天邪鬼のおかげで帰れなくなったと、全員が白い目で、8番を見る。

 しかし、8番は、それにも怯むことなく、毅然として、少年に不利なはずの状況証拠に疑問を投げかけ、実直な手法で、その固定観念を覆すことを丹念に試みる。向かいのアパートから犯行現場を見たという目撃者。しかし、その建物の間には、高架を走る地下鉄が通過していたはずだとして、その目撃証言そのものに疑問を投げかけてみせる。さらには、陪審員の審理に先立つ法廷で、少年の明らかな偽証だと決めつけられていた、犯行時に映画を見に行ったというアリバイの主張について、偽証ではない真実の可能性もあり得るとの可能性を、懇切丁寧に訴える。

 そうした訴えを素直に聞くものは一人もいない。しかし、8番はその反論を聞いたうえで、更に持論を展開し、遂にたった一人の賛同者を獲得する。ここから、このディスカッションは、いかに8番が、賛同者を増やし、多数決での勝利に持ち込むかの、戦いの様相を帯び始める。

 その過程のリアクションはさまざまだ、日和見主義のもの、議論などより野球のゲームにしか興味がないもの、そしてやたらと強圧的に罵倒するもの。多分、普通の人なら、この中に出てくる様々なキャラクターは、職場における、こうした議論の際に、必ず見かけるキャラクターとそのままダブッて見えるに違いない。

 この説得の過程は、まさに草の根の民主主義をそのまま体現しているようでもあり、サスペンス映画並みのスリルにも満ちている。結局、小さなことからコツコツとではないけれど、全体の意見が8番に一人ひとり傾いていくのだが、何回、見ても感動するのが、最後の最後まで断固として少年有罪の姿勢を変えなかった陪審員3番(リー・J・コップ)が、遂に意見を撤回するところ。3番はここで思わず、自分を見捨てたも同然に音信不通となった、息子への不満をぶちまける。3番の頑なな態度が、裁判の是非ではなく、実は家庭内の私怨に根差したものだったことをここで我々は知る。

 タフガイ然としていた陪審員3番が泣き崩れるその姿を見た時、こちらまで思わず泣いてしまうのは、おそらく人間が殻を破って本音を吐き出した時の、何の飾り気もない剥き出しの感情というものに素晴らしさを感じてしまうからなのかもしれない。

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 最後、陪審員たちが無罪の評決を法廷に託し、一人また一人と家路に着く。裁判所を出ると、激しい夕立の雨が止み、陽が差している。この映画を見終えた時はいつも、まるで自分までその日差しを全身に浴びたかのようなすがすがしさをおぼえている。そして、いつも口について出るのが、結局はあの決めゼリフ、「いやあ~映画って本当にいいもんですね~」なのだ。