負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の良い子のための殺戮ショー「スターシップ・トゥルーパーズ」

襲い来るバグを殲滅せよ!その肉片に血しぶき、何もかも所構わずド派手に飛び交う肉弾戦。人間も昆虫も、ただ殺すのみ!これこそは良い子に見せたい殺戮ショー。

(評価 72点)

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人体も昆虫も、その肉体が容赦なく破壊される情け無用の殺戮ショー。ナパーム弾の匂いが全編にたちこめ爆発する、超絶SFバイオレンス巨編。

 本作を劇場で初めて見た時の、胸にわだかまるような、異様な感覚は忘れられない。本作の原作の、ロバート・A・ハインラインによる「宇宙の戦士」が、パワードスーツの先駆であることは聞いていた。だとすれば、誰もが当然、ガジェット重視の娯楽SFを期待するはず。ところが本作は、そんなものとは、まるで異なる代物だった。

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 まずはその気勢を削がれるに十分な、冒頭にインサートされる、戦意高揚のプロパガンダも露骨なメディア映像に面食らう。それからも容赦ない。溌溂とした青春ドラマに出て来るような美形のティーンエイジャーの女の子が、学校の理科の授業で、敵側のバグの研究を兼ねた解剖の途中、いきなりゲロを吐く。パワードスーツなど、そもそも何処にも出てこない。あるのは、重火器程度の武器を携え、無尽蔵に湧き出て来るバグに、人間たちが、いともたやすく粉砕される描写だけだ。

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 そんな絶望的な状況でも、主人公のジョニー・リコ(キャスパー・ヴァン・ディーン)やヒロインのカルメンデニス・リチャーズ)にも悲壮感などまるでなく。ただ学園祭のイベントを楽しむが如く嬉々として入隊する。その軍隊は完全な、男女平等社会で、男も女もガテン系のごつい体の男女が、昆虫顔負けにガチで交尾に励んでいる。まさに、ただお互いを破壊し合う、悪夢のような世界なのだ。

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 ただ一つだけ驚愕したのは、精緻な数々のスペースシップをはじめ、今見ても、そのリアリティに微塵も遜色ないCGのポテンシャル。更に今もって衝撃的なのは、そのフォルムがまったく判別不能のバグたちの奇怪なデザイン。

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 元々、本作は、ベトナム戦争時に、出版された原作のカラーそのままに、本作の監督の「ロボ・コップ」のポール・バーホーベンが、幼少の頃に目の当たりにした第二次大戦の記憶のトラウマを無理矢理、再現しようとしたことで、とにかく、何もかもがどこかいびつになっている。

 ところが、こうしたカタルシス・ゼロの世界観に投じられている製作費は、至る所で出て来る巨大スケールのセットを見ても、見るからに半端なく(実際、1億ドルもの費用が投じられた)、それも相まって、見ているこちらがおののくほどに、一層クレージー感が増している。しかし、そのクレージー感というのは厄介なもので、ひとたび魅了されたら中毒になりかねない。現にこの負け犬も、それ以来、何かと本作に手を伸ばしているのもまた事実。

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 親玉のような巨体のバグが、グロテスクにその腹を膨らませ、パンパンに膨らんだ腹から吐き出された、吐瀉物のような物体で、宇宙船団がいともたやすく撃沈される幻想的ともいえる光景は、バーホーベン自らコンセプト・スケッチにしたためている。

 かくしてバーホーベンが、巨大予算の大作にパーソナルなトラウマを、そのまま投影し、作品世界そのものをいびつに捻じ曲げ、なるべくして豪華絢爛な一大殺戮ショーとなった本作。おそらく、ディズニーのエンタメSFだと思って、自分の子供に見せてしまった親は後悔することでしょう。

 エンディングも戦意高揚モード丸出しで洗脳効果も抜群の一作。今も昔も本作は、これを見た純粋無垢な良い子が、すっかり洗脳されてしまい、殺戮が病みつきになること間違いなし。そんな危険度レベルもMAXの危ない映画、それでも良ければ、最愛の御子息への、誕生日のプレゼントに如何でしょう。