負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬は凄腕のサムライ・ドライバー「ザ・ドライバー」

B級アクション映画の帝王、ウォルター・ヒルの最高傑作!夜の街を疾走する逃がし屋とミステリアスなポーカー女。何度見てもただ素晴らしいネオ・ノワール・アクションの超傑作!

(評価 88点) 

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80~90年代を駆け抜けたウォルター・ヒルが放った初期の傑作。メルビルの「サムライ」とアメリカンなノワールの見事なる融合に、何度見てもただシビレル。

 チャールズ・ブロンソンの「ストリート・ファイター」でデビューを果たしたウォルター・ヒルの第二作。本作の日本公開時、来日したウォルター・ヒルのインタビュー記事が、当時の「ロードショー」誌に載っていた。

 そこには、車のボンネットの上に乗り、ラフなスタイルでディレクションの指示をスタッフたちに出すヒルの写真も掲載されていた。そして、そのヒルの傍らに映っていたのが車のバンパーにキャメラを装着する特殊な機材だった。あの「フレンチ・コネクション」の有名な地下鉄の高架でのチェイス・シーンをはじめ、その後の「ザ・セブンアップス」でも、地を這うように、超ロー・アングルで車の主観で路上を捉え、シーンのスピード感を倍増するのに大活躍した機材だ。

 そして、その機材が本作「ザ・ドライバー」でも大いに活用された。本作のクライマックス。ザ・ドライバーライアン・オニール)が助手席にザ・プレイヤー(イザベル・アジャーニ)を乗せたまま、金を隠したロッカーの鍵を奪った相手を、タフなルックスの四駆で追う。

 さきほどの機材による主観ショットを交え、夜の街をすべるように突っ走り、そのまま二台の車が、街の通りからトンネルに突入する。フロントガラスの上をリフレクションしたトンネルのライトが飛ぶように流れていく。車が揺れるたび、慄きの表情を浮かべるアジャーニの本気のリアクションからも、こちらにそのスピード感が体感として伝わる見事なシーンだ。

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 そんな本作は、ライアン・オニールザ・ドライバーブルース・ダーン演ずるディテクティブとの丁々発止のキャットアンドマウスを描くだけのシンプルな映画。しかし、そこには、登場人物に役名がない様式美をはじめ、ノワールに対するウォルター・ヒルのむせかえるほどの愛情が充満している。

 冒頭、駐車場で好みの車を物色し、一台の車を素早く盗んだドライバーが、カジノ荒らしをする一味を拾う。そこから強盗シーンがヒルならではの早いテンポで描かれ、逃走間際にアジャーニのザ・プレイヤーと鉢合わせした後、いきなりパトカーとの一大チェイスが展開される。

 本作が際立っているのは、アジャーニをプレイヤーに起用したことからも分かるように、あのメルビルのノワールの大傑作「サムライ」への傾倒だ。だから、カー・チェィスにも自ずと武士道のカラーがにじみ出ている。

 肉を切らせて骨を断つ、が如く、ザ・ドライバーが追い詰められると挑むのが正面勝負。向かい合ったお互いの車がそのまま正面切って突っ走るチキン・レース。怖気づいてハンドルをかわした方が負ける。冒頭のパトカーが群がるチェイスでも、最後に残った一台にザ・ドライバーはこのチキン・レースを挑み、粉砕する。

 まんまとカジノ荒らしをされ、パトカーの追跡をものともせず、赤恥をかかされたダーンのディテクティブも黙ってはいない。すぐに目撃者のアジャーニを読んで面通しさせる。ここでの容疑者がズラリと居並ぶライナップのシーンなど、まさにあの「サムライ」でアラン・ドロンが面通しのラインナップに立たされる有名なシーンの再現だ。そして、その「サムライ」同様、アジャーニも認めていながら知らないとうそぶいて決然と立ち去るのだ。

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 一見、ノワールにはまるで似つかわしくないライアン・オニールがピタリと役にはまっているのも見どころの一つ。「サムライ」のドロン同様、端正な顔立ちながらも、まったくの寡黙、そして常にラジオを持ち歩き、聞くのは常にカントリー・ソング。実はこのカントリー・ソングが一匹狼たる主人公のアクセントだけでなく、クライマックスの一つの伏線にもなっているのがミソ。

 そんなザ・ドライバーが、業を煮やしたディテクティブが仕掛けた銀行強盗のワナにはまるのが終盤の展開。逃走する仲間の一人を運び、警察をもダブル・クロスしようとしたその仲間を、絶対に銃は持ち歩かないはずのザ・ドライバーが一撃で返り討ちにするシーンの鮮やかさ。

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 そして、駅でアジャーニのプレイヤーがロッカーの鍵を盗られるや、くだんのクライマックスのカー・チェィスに突入する。壮絶な追撃の後、二台の車が入り込んだ広大な倉庫。そこで繰り広げられるのが、まるで二人のガンマンが、お互いを察知しながら倒しあう西部劇での一騎打ちそのもののシーン。そして、最後に勝負を決めるのが、あのチキン・レースなのだ。

 さらにエンディングでは、駅のロッカーでのシニカルなヒネリが待っている。ポツンと駅の床に置かれたボストン・バッグを捉えたカットに音楽がかぶさるこの余韻あふれるラストに、ヒルノワールへの愛情が凝縮されている。

 思い返せば、本作、尺が90分ということもあり、とにかく何度も繰り返し洋画劇場で再放送されていた。勿論、録画もしてテープでもすりきれるほど見て、このラストの余韻に浸っていた。今ではDVDだからすりきれることもないが、このウォルター・ヒルの、むせかえる夜の匂いと疾走感、孤独な一匹狼の生き様への憧憬に満ちたノワールには、今でもどこかザラついたアナログな感触がありありと感じられる。

 デジタルでは決して生み出せない、ウォルター・ヒルの独壇場ともいうべき、ノワールならではの世界に浸るには欠かせない一本なのです。