負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のゼロからはじめる異世界ホラー「ファンタズム」

ひたひたと迫りくるトールマンに、謎の球体キラー・スフィア!少年期ならではの、不条理と不安渦巻く異次元ティーンエイジ・ホラー

(評価 65点)

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この世のありとあらゆる魑魅魍魎が飛び交う異次元の世界。でもそこは見慣れた日常とほんの隣り合わせの非日常。

 何の変哲もない日常の一寸先にある非日常きわまりない不条理な世界。そんな世界を描かせたら誰も敵わない一人の作家がいる。この負け犬が敬愛してやまないマンガ家の諸星大二郎氏だ。

 通い慣れた通勤電車の窓外の線路上に、いつのまにか立っている黒い影。学校の帰り道、何気なく通った裏道から出た町に現れる漆黒の巨人。そして、気まぐれに途中下車し、歩いた地下街が、いつの間にか、どれだけ歩いても決して出られない迷路へと変容する。いくら書いても書ききれないほどの異次元の不条理を、諸星氏は長年にわたって書き続け、この負け犬のみならず万人を今も魅了してくれている。

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 13歳のティーン・エイジャー、マイク(マイケル・ボールドウィン)が葬儀屋で不思議な男トールマンを見かけたことに端を発する青春ホラーの本作。監督のドン・コスカレリがこの作品を作ったのは、驚くことに若干23才の時。たった30万ドルの低予算の本作は、全米だけでも何と1千万ドルもの興収を記録し、コスカレリの今に至るフィルモグラフィでも唯一と言っていい代表作となる。

 ギューイーン!と空中を飛び、しっかりと掴んだ人間の額にドリルで穴を開ける殺人球がつとに有名な本作は、その不条理なテイストと、異次元世界と日常との密接な距離感から、この負け犬が真っ先に想起したのが諸星大二郎氏のマンガだった。特に、冒頭、バイクに乗るマイクが墓石の陰に一瞬見る、黒い影は、諸星大二郎の秀逸な短編「不安の立像」の線路上にゆらぐようにして立つ黒い影そのものだ。

 マイクが葬儀屋に赴いたのも、どうやら両親を亡くしたばかりで、そのセレモニーをとりしきるたった一人の兄を、遠巻きに見つめていたからだ。13才の少年が親を失くす、そのトラウマが途方もなく大きいことは、誰でも予想がつく。マイクの胸にポッカリと開いた穴は、とてつもなく大きく深い。本作がユニークなのは、それを下敷きにした怪異現象を脈絡なく描いているところ。

 だから本作は、特に序盤など、まるでアヴァンギャルドで前衛的な実験映画を思わせるようなテイストすらあり、それが、あからさまなB級的こけおどしと混然一体とすることで、独特な世界観を産み出している。

 たった一人の肉親となった兄ジョディはイケメンで、バーでいとも簡単に女の子を引っかけ、墓地でよろしくやっている。それを墓石の陰に隠れて見ていたマイクは、ウルフェンのようなクリーチャーに襲われかけ、それから見るようになった悪夢と、正面切って対決するため、果敢にもマイクは、トールマンがいる葬儀社に乗り込んでいく。

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 ここからの感覚は、もうお化け屋敷さながら。この時、登場するのが、語り継がれることになる謎の球体、キラー・スフィア。人間の額をドリルで穿ちながら、吹き出る血を、球体の背面に開いた穴からメカニックにピューピューと排出するグロテスクかつユーモラスなその球体は、成長期のティーン・エイジャー特有の不安感の秀逸なメタファーといっていい。

 トールマンの魔手をからくも逃れたマイクは、奇怪な葬儀パーラーのことを兄のジョディに打ち明け、兄弟は銃で武装し、再び謎の葬儀社に乗り込んでいくことになる。親しい仲のアイスクリームマンのレジーも加わった三人組が見たものは、人間を小人化して樽詰めにしている白一色の異空間のような部屋。そして、その部屋の中にある見えない壁は、更なる異世界へとつながっていて、という展開は、同時代の「グーニーズ」やスティーブン・キングの「IT」のような、ジュブナイルホラーのファンタジー世界とそのままリンクしているような感覚がある。

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 トールマンが、意のままに女の姿にメタモルフォゼするのは、マイクのある意味、悶々とした性欲のメタファーかもしれない。最後はそのトールマンを深い穴に突き落とし、ハッピーエンドと思いきや、やっぱりB級ホラーならではの「エルム街の悪夢」のような二重のヒネリでニヤリとさせてくれる。

 様々な奇怪なイメージが交錯する、コスカレリの脳内世界をそのまま素直にスクリーンに吐露したような本作は、かえすがえすも諸星大二郎のマンガそのままのテイストで、諸星氏のマンガが好きな人ならきっと楽しめるはず。あのジョン・カーペンターの「ハロウィン」を思わせるテーマ曲もあいまって、エイティーズ・ホラーの懐かしさすらどこか感じさてくれるチャーミングな作品。

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 それにしても諸星大二郎氏の作品群が放つ輝きは今でも燦然としている、もしも本作を見て、そのテイストが気に入り、諸星氏のマンガをまだご覧になっていない方がいたら、そちらも是非どうぞ!日常にいながらにして異世界が堪能できる、まさに転生するが如くのゼロからはじめる異世界生活をどうぞこの機会に。