負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の本当は怖いグリム童話「狩人の夜」

ラブ・アンド・ヘイトのサイコパス。忘れられたメルヘン・ホラーの傑作

(評価 76点) 

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汝の隣人を愛すべきはずの牧師が幼い兄弟を殺しに来る!二人の子供たちに明日はあるのか!

 その存在だけは伝え聞きつつも、公開もされず、ソフトでもついぞお目にかかることのない、長らく幻と化していたような本作。とうとう見ることがかなった本作は、無邪気な幼さの中に残虐さと美しさをただよわせた、グリム童話のようなテイスト満載の、噂にたがわぬ傑作だった。

 まるであのデヴィッド・リンチの「デューン」のファースト・カットのように、冒頭、子供たちに語って聞かせる、レイチェル(リリアン・ギッシュ)が合成で夜空にポッカリと浮かぶイントロからして異質の本作は、終始、そのデヴィッド・リンチの出現を、数十年も前に先取りしたかのような独特の雰囲気を漂わせた作品といえる。

 しかし、何と言っても本作は、サイコパスの伝道師という意表をつくキャラクターを演じたロバート・ミッチャムの存在感、そして、たった一作のみの監督作を残して、不運にも興行成績という宿命に葬り去られたチャールズ・ロートンの秀逸な演出に尽きる。そのミッチャム演ずるハリーが現れた瞬間から、グリム童話さながらの世界に我々を連れ込んでいくチャールズ・ロートンの演出は実に見事。

 車に乗っては各地を放浪する伝道師ハリー。しかし、その正体は女性を異様なまでに憎悪するサイコパスで、童話の青髭さながらに未亡人をターゲットにしては凶行を繰り返していた。そんなハリーがたまたま駐車違反で拘留されていた時、強盗殺人の罪で死刑を宣告された囚人と雑居房を共に過ごすことになる。

 オハイオ川の埠頭に家族と住むその男が、奪った金を家族に託したらしいとニラんだハリーは出所するや迷わず男の家族の住む町へと向かう。ハリーが並みのサイコパスよりもはるかに手ごわいところは、伝道師としての隠れ蓑を生かした、実に巧みなマインド・コントロール能力を備えているところ。ハリーは、左の指に、“HATE(憎悪)”そして右の指には“LOVE(愛)”というタトゥーを刻んでいる。辿りついた町でハリーは、そのタトゥーを見せては、 憎しみと愛との葛藤と称して、巧みなパフォーマンスを披露し、またたくまに町の人々の信頼を勝ち得てしまう。

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 ハリーは、そのいきおいで男の未亡人のウィラ(シェリー・ウィンターズ)に巧みに言い寄り、家族として入り込んでいく。しかし、幼い兄弟のジョンとパールの賢明な兄ジョンは、最初からハリーにうさん臭さを感じている。父親が奪った金について、何かと話を持ち掛けてくるハリーに警戒心をあらわにするジョンだが、すっかりハリーに洗脳されているウィラはジョンの話を取り合おうとはしない。だが、兄弟を詰問し、目的の金が、妹のパールが持つヌイグルミの人形に隠されていることをとうとう聞き出したハリーは、ナイフの刃を幼い二人の兄弟に向ける。しかし、からくも難を逃れた二人は、ボートに乗って逃亡の旅を続けることになる。

 町の人々を洗脳で虜にするハリーはまさにグリム童話ハーメルンの笛吹き男を思わせる。そして、ハリーに狙われあてどもなく川を下る羽目になる兄弟は、まさしくヘンゼルとグレーテルそのものだ。ボートで兄弟が川を下る夜空には、満点の星が輝いている。そのメルヘンチックはルックスが、そのことを何よりも物語っている。

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 本作のビジュアルの白眉というシーンは、その前。ハリーに殺され、川に遺棄された兄弟の母親のウィラが、水中で揺らぎながら漂うシーン。このシーンにこそチャールズ・ロートンのセンスが遺憾なく発揮されている。車の座席に縛り付けられたウィラは、この時、何故か上半身を屹立させたまま水中を漂っている。この奇妙な違和感は、あのデヴィッド・リンチの「ブルー・ベルベット」で、殺された悪徳刑事の死体がマネキンのように、何故か突っ立ったままの、あのシチュエーションそのままの異様さなのだ。だとすれば、逆にリンチがカルトとして名高い本作を見ていないわけはない。現代を代表するような異端のカルトと、カルトノワールの古典に意外な接点があったことにもなり実に興味深い。

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 やがて、とある岸辺に辿り着いたジョンとパールは、女手一つで身寄りのない子供を育てるリリアンに保護され、一緒に暮らすことになる。ところが、執念深く兄弟を追っていたハリーは、すぐに兄弟の所在を嗅ぎつけ、リリアンのもとに乗り込んで来る。

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 ここで、例のラブ・アンド・ヘイトのパフォーマンスで篭絡しようとするハリーに一切動じず、ショットガンを構え堂々と啖呵を切ってみせるリリアンの雄姿はカタルシスすら感じるほどカッコいい。かくして、本作は、このかくしゃくとした老婦人のリリアンと凶悪きわまりないサイコパスのハリーとの一騎打ちの様相を帯び始める。

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 ここでも監督のロートンは、ショットガンを抱えロッキングチエアに揺られながら寝ずの番で子供たちを守ろうとするリリアンを真黒なシルエットで前景に、そしてハイエナのように、襲いかかるタイミングを見計るハリーを後景にパンフォーカズで捉えた、目を見張るようなショットを見せてくれる。ハイコントラストのブラックアンドホワイトの素晴らしいショットが連続する本作の中でも、このショットは脳裏に焼き付くほどに鮮烈なイメージを放っている。

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 果たして怪物そのもののようなハリーと対決するリリアンに勝ち目はあるのか。しかし、そこはそれ、やはりおとぎ話の定石通り、ハートウォーミングなハッピーエンドが待っているから実に安心できるのだ。

 劇場映画として作られる以上、興行成績という宿命には絶対に逆らえない。成果無きものは葬り去られても仕方ない。しかし、作品そのものが放つ異彩は、本作の夜空にまたたく星の光のように決して衰えることなどない。たった一作でついえた監督作に、本能的に感じてしまう抑え難い魅力というのは、きっと天体愛好家が、知られざる星を発見して覚える喜びにも似たものなのでしょうかね~