枯れた才能もループしたらリストアされるのだろうか
(評価 76点)
かつて世界中で巨匠と絶賛された一人の日本映画の監督がいた、その名を北野武。だが、いまや、そんなことなど知る人がいるのだろうか・・というぐらい久しく映画のフィールドでその名を聞かなくなった武さん。
監督デビュー作となる「その男凶暴につき」の製作発表記者会見でのその発言を、負け犬は未だに覚えている。「バカが作ったの?とボロカスに言われるか、天才が作ったと絶賛されるかの、どっちかです」と武さんはハッキリ言った。そのバクチの賽は見事に後者と出た。かくして日本映画では、それまで誰も見たことがないようなテイストを持つ「その男凶暴につき」を皮切りに、映画監督、北野武のフィルモグラフィが始まる。
その後、日本のみならず、海外での評価もうなぎのぼりにグングン上昇。やがてあの「HANA-BI」で頂点を極める。
だが、そんな輝かしいフィルモグラフィの中で、一つのエア・ポケットのように異質な作品がある。それが武監督の作品中でも負け犬が最も偏愛する本作「3-4X10月」だ。
実はデビュー作が興行、批評共に成功した武監督には一つこだわっているタイトルがあった。それが「フラクタル」である。微分では分析不可能な数学の幾何学のあのフラクタル、破片や分裂を意味するその世界観に武監督はこだわっていた。そして、そんなこだわりを存分に発揮し、自らの感性でストレートに表現したのが本作といえようか。
だから、ある意味、ハナシは何かアバウト。オープニングは草野球のグラウンド。主人公の柳ユーレイは補欠で今日も簡易トイレにこもっている。しかし、柳ユーレイがバイト先のガソリン・スタンドでヤクザともめたことから、元ヤクザだった草野球チームの監督が袋叩きに会ってしまう。そのリベンジに乗り込んだ柳ユーレイのダチのダンカンもボコられ、二人は沖縄に行って銃を手に入れ復讐を果たそうとする。そこで出会った上原(ビートたけし)という変なヤクザのおかげで銃を入手し、東京に戻ってくるが、いよいよ復讐を果たそうとした矢先、実はすべてが冒頭、簡易トイレにこもっていた柳ユーレイの妄想であることが分かる。かくして柳ユーレイはもとの草野球のグラウンドに戻っていく・・ところで映画は終わる。
オイこれ、高校生が書いた自主映画の脚本かよ、というぐらいいい加減なハナシ。でもこれを武監督がまさにフラクタルのようにシーンをつなぎ合わせていくと、とてつもなく魅力的な映画ができあがる。
まず冒頭の草野球の日常感、そして沖縄のスナックでダンカンが中島みゆきの「悪女」を歌う中、たけしによる奇妙な間合いでリフレインされる暴力。弟分のトカちゃんの小指を詰めようと包丁をデカい将棋の置物でぶっ叩くたけし。間の抜けた白日夢のようなシーンが、最後のループへと終焉していく。
作品的には後の「ソナチネ」などの方が評価は高い。しかし、これ以降の作品は、正直、久石譲の音楽の功績の方が大きい。それに対し、本作には音楽などという余計なものは一切、排除されている。すべての無駄がそぎ落とされた北野武そのものなのだ。後にも先にも監督、北野武はこれ一本で燃焼しつくし、燃え尽きたように思える。
さびしいが、もうこの人が映画を作ることはないだろう。モノ作りはその人の人生のバイオリズムそのものだから。枯れたとはいいたくないが、明らかにこの人のそのクリエイティブなバイオリズムはもう下降しつくしている。
ヤクザにボコボコにされたダンカンと柳ユーレイが、抜けるように真っ青な空の炎天下、肩を並べて食べていたアイスキャンデーの味はかくも苦い。
ちなみにこの映画のタイトルも思いつきの無茶苦茶なのだが、海外ヴァージョンのタイトルはこの上もなくイカしている。「Boiling Point(沸騰点)」
ふつふつと熱をたぎらせている不穏な日常が、沸騰点にジリジリと近づいていく。そんな奇妙な空気がここにはある。