負け犬主婦と中年女がレイプされかけてアウトローになってサンダーバードで空を舞いレジェンドになった件「テルマ&ルイーズ」
アメリカン・ニューシネマの鮮烈なるリアニメイトは、男二人の旅路ではなくアウトローな女二人のオン・ザ・ロードな旅だった!
(評価 86点)
真青な空に屹立するグランドキャニオン。女二人が見つめ合い、しっかりと手を握り、鮮やかに空を舞うサンダーバードの軌跡。もっとも輝いた女たちのエンブレムが炸裂する。
当時、MTVの世界で仕事をしていた脚本家の卵カーリー・クォーリは、毎日の仕事に半ば嫌気が差しつつ、いつかは映画の脚本を書くことを夢見ていた。そんな彼女にある日突然、天啓のようにアイデアが閃く。もしも女二人がアウトローのように犯罪を重ねながら旅を続けたら・・?クォーリはそのアイデアがもたらす多幸感に夢中になる。
そして、見事に完成した130ページの脚本が、とある男の目に留まるという、これもまた願っても無い幸運が訪れる。その男こそ映画界きっての天才的なビジュアリストの異名を持つ英国人監督のリドリー・スコットだった、
本作は、長年、映像美のみに執心し続けていた巨匠が、はじめて映画のキャラクターというものにあらん限りのシンパシーを注ぎ込み、新境地を切り開いた作品だったと言っていい。実際、本作には、それまでのスコットの監督作にはなかった、熱いキャラクターたちのエモーションが最初から最後まで炸裂している。
DVに近い夫ダリルと共に暮らすごく平凡な専業主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)にはルイーズというオールドミスの親友がいる。ある日、そのルイーズに誘われ、たった二日だけの気ままなバカンスに誘われる。テルマは夫には内緒で、ルイーズと共にバカンスに繰り出すのだが、立ち寄った酒場で、プレイボーイ風の男にレイプされかけ、それを止めに入ったルイーズが男のふざけた悪態に逆上し、その場で咄嗟に打ち殺す。専業主婦と中年の独身女。かくしてバカンスだったはずの旅路が逃避行へと一変し・・・。
かつてニュー・シネマで描かれた旅するキャラクターたちに悪意など微塵も無かった。そして、本作で逃避行に転ずる女二人も、過剰防衛とはいえ、悪意はない。あくまでも巻き込まれてアウトローに転じただけなのだ。それを、二人を追撃する側の警察も心得ている。それをシンボリックに体現するのがハーベイ・カイテル演ずる警部のハルなのだ。だから、見ている側も素直にこの二人のキャラクターに感情移入出来る。
キャラクターだけではない、そこはそれ、やはり監督がリドリー・スコット。タイトルバックでモノクロから徐々にカラーへと色付いてくる鮮やかなショットからため息をつかせてくれる。あの「ブラック・レイン」でロケ地に選んだ大阪の、見慣れたはずの何の変哲もないネオン街、薄汚れただけの雑然とした街並み。それがスコットにとってはファンタジーな異空間だったように、本作でも、草木の一本もない不毛の一本道にときめくような陶酔を覚えるスコットの感性が炸裂しているような映像の数々とハンス・ジマーの絶妙な音楽とのコラボで酔わせてくれる。
しかし、実を云うと、本作を劇場で最初に見た時、作品のクオリティーには感嘆しつつも、女二人のアウトローにスコットの映像美というファクターがいま一つ嚙み合っていないような違和感を覚えたのも事実。しかし、それから何度も見返すうち、そもそも本作が、寓話であることに気が付いた。何の意思も持たずに日常に埋没していた人間が、はじめて生きる実感に覚醒し、己の足で歩く実感に喜びを覚える、この作品は、いわばそのメタファーなのだ。
それからは一変して、見るたびに、もうイントロから二人にどっぷり感情移入する始末。下卑た長距離ドライバーと、堂々とわたりあって、タンクローリーを爆発させるというとんでもない無茶ぶりに拍手喝采し、ラスト、グランドキャニオンをバックに空を舞う寸前、しっかりと手を握り合うテルマとルイーズに涙する。でも、これが実際にDVに苦しめられている女性だったら、この映画から得られる多幸感とカタルシスは半端ではないのではなかろうかなどと想像したりもする。
そしてもう一つ、本作には、デビュー間もない頃のブラッド・ピットが登場するというかけがえのないボーナス特典まで。水もしたたるほどのハンサムぶりと、全身から発散されるそのセックス・アピール。その魅力には凄まじいものがある。さすがその後のン十年、第一線でハリウッドに君臨し続けた男の片鱗が確かにここにはある。
そんなブラッド・ピットにモーテルで有り金全部奪われ、それまで世間知らずのテルマを先導する役割だったルイーズが絶望してへたり込む。その手を力強く握って、檄を飛ばすのはテルマなのだ。
真青な空に彫り込まれたレリーフのようなグランドキャニオンに向って、フルスロットルでひた走るサンダーバードに、新たに生まれ変わったテルマに腕を引かれ、このくだりで一緒に乗り込むような感覚を覚えるのはこの負け犬だけではないはず。
輝け女たちよ!公開当時の本作のキャッチコピーはそんな惹句だった。既に人生も盛りを過ぎたこの負け犬も本作を見ながら、そんなエールに励まされる毎日なのです。