負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。そして、木枯し紋次郎を完全コミック化(笑)した「劇画!木枯し紋次郎」を日々、配信中!色々な動物が繰り広げる動物コミックもあわせてお楽しみください

負け犬のカゴの中の熟女「不意打ち」

呪われた凶悪無比のサスペンスの傑作。密室監禁モノの圧倒的な釘付け感を体感せよ!

(評価 82点) 

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始まりは何でもないただの停電だった。しかし、そこからたちまち始まるプロットの連鎖で、何の変哲もない日常が、おぞましい非日常へと変容する。このいいようのない絶望感と不快感はきっと見る人すべてのクセになる。

 昨今、何かと便利なネット社会。映画との出会いにもネットというものが加わった。本作もお馴染みのYouTubeで、ふと目に留まった10分ごとのコマ切れにUPされていた動画のパーツを、何気なく見始めたのが、その最初の出会いだった。ところが、見始めるや、止められなくなって、パーツからパーツへとつないで次々と見るうちにエンディングまですべて見終え、あまりの面白さに感嘆したのだった。予備知識も何もその映画のことなど存在すらそれまで知らなかった。しかし、辛抱たまらずタイトルからAMAZONで検索し、とうとう輸入版のDVDまで買ってしまった。そのタイトルは「LADY IN A CAGE」(オリの中の淑女)。

 おそらく日本未公開。誰も知らない自分だけのマイ・フェイバリットと悦に浸っていたら、その作品が「不意打ち」というタイトルで、製作年の1964年にちゃんと日本でも公開されていたことを最近になって知った。それどころかTSUTAYAレーベルでDVDまでリリースされたから驚いた。そして、一部のマニアにはトラウマ映画として偏愛の対象の作品になっていることも。それもそのはずこのトラウマは、確実に一種クセになる。

 何よりも不条理かつ卓抜な設定が実に素晴らしい。富裕層の中年女のコーネリア(オリヴィア・デ・ハヴィランド)は、身体が不自由で、二階と一階との行き来を邸宅内にしつらえたスモール・サイズのホームエレベーターに頼り切りになっている。その日も、バカンスに出かける息子を見送り、何の気なしにエレベーターに乗り込んだら、下降途中で停電のためにそのエレベーターが停止してしまう。まるで鳥カゴの中のカナリア状態となったコーネリアは果たしてどうするのか。

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 映画に問わず、すぐれたフィクションに必要なのは、まず発想。宙吊りになって成すすべもない、視覚的にも面白いこのシチューエーションを思いついただけでも拍手もの。だが本作は、それを起点に繰り出されるプロットの展開にもやみつきにさせてくれる。

 何とか脱出をはかろうとコーネリアは、屋外に非常を報せることが出来るエレベーター内の非常ベルを押し続けるが、表通りは車の往来がはげしく、誰にも聞こえない。

 非常ベルの電力も尽きかけたところで、その音にようやく気付いたのは野卑そのもののアル中のホームレスだった。そして、ここから本作は、異様におぞましい空気をこれでもかとばかりに発散しはじめる。

 酒の臭いにつられ邸宅内に入ったホームレスは、宙吊りのコーネリアには見向きもせずに目に留まった貴重品を盗んで質屋へと。そしてそれが三人の若者が邸宅内に入り込む、呼び水になってしまう。

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 とにかく、この男二人に女一人の無軌道なクソガキどもの凶悪ぶりには戦慄するしかない(若者の一人を演じているのが、本作がデビュー作となる若きジェームズ・カーン)。今どきの半グレでも及びもつかないアブノーマルな雰囲気をプンプンと漂わせ、鳥カゴの中の宙吊りのコーネリアスをよそに放置プレイよろしく邸宅内を好き放題に荒らしまくる。そして、いよいよその牙の矛先をオリと化したエレベーターの中のコーネリアスに向ける時がやって来る。

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 クライマックスに至るまで本作は実に巧みにシームレスにプロットを展開させ、最後の対決に至るまで監禁サスペンスの醍醐味を十二分に堪能させてくれる。ただ一つ意外なのは、これほどのクオリティーなのにその評価が本国でも意外と低いこと。それどころか本作の監督のウォルター・グローマンは本作の興行的、批評的大失敗で映画界を追放同然に去ったと言うから、本作は一種の呪われた映画にすらなっている。

 ソール・バスを思わせる出色のタイトル・バックから、オリの中からコーネリアが、一階の電話で何とか外界とコンタクトを撮ろうとするヒッチコックばりのサスペンス演出にいたるまで、目を見張るセンスが感じられるだけに、ビジネスライクとはいえ一本のみで業界から去ったのは惜しい気がする。

 しかし、一方で、道路に横たわる人間を、子供がローラースケートの先で平然とつついたり、助けるはずのコーネリアの息子がマザコン的な異常な人間であることが終盤明かされ、コーネリアを唾棄するように見捨てたり、といった全く救いのない描写が、その公開年を考えると当時の観客、批評家の神経を直接、逆撫でしたのではないか。ある意味、もはやプログラムピクチャーなどとは到底呼べないような火傷しそうなほど危険な映画ともいえるのだ。この手の映画は今ならイヤミス的な存在として許容される余地はあるから時代に追放された幻の作品ともいえないだろうか。

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 そして、真夏のネットリとした暑気の中、オリの中で、白い肌にじっとりと汗をにじませた、老いても尚も美しいオリヴィア・デ・ハヴィランドのエロいともいえるその姿は、その手のマニアにはたまらないのではないでしょうかね~