負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬は何もしない「ビッグ・リボウスキ」

人生はグダグダで人間もグダグダ、勿論、生活もグダグダで、だから、ありえないほどにグダグダな映画なのに、どういうわけか、例えようもないほど素晴らしい

(評価 82点) 

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見れば元気になれる、見れば癒される、ダメ人間たちのオンパレード!ダメ人間でも許される。ここは地上唯一のダメ人間たちのパラダイス!

 「今度は、何もしない探偵の映画を作る」。あの犯罪映画の傑作、「ファーゴ」で、見事、オスカーを受賞し、再び注目を集めていたコーエン兄弟が、次回作について聞かれた時、そう答えた記事が映画雑誌に載っていたことを今でも憶えている。

 とりわけ印象的だったのが、コーエン兄弟が、そうジャーナリストたちに語る記事に何の意気込みも感じられなかったこと(笑)。そもそも、「ファーゴ」の前作にあたる「未来は今」の製作発表の時は、「バートンフィンク」で、前人未踏のカンヌ映画祭での二冠を成し遂げた兄弟が、その勢いもあらわに、記者たちを前に意気揚々と作品のビジョンを語っていたその姿が記憶に残っていたからなのか、その時とはまるで異なるテンションの低さに、別人のようにも思えたものだ。

 それもそのはず、巨額の予算を投じ、4,50年代のハリウッドのスクリューボール・コメディの再来を謳った「未来は今」は、ハリウッドの映画史に刻まれるほどの大コケをする。そのあまりのコケぶりに、誰もがコーエン兄弟の終焉を予想してから、さして時も経たずして、実にひっそりと作った実録犯罪映画という堂々たる似非の触れ込みのフィクションの犯罪映画「ファーゴ」で、飄々とカムバックしてしまうコーエン兄弟の、しぶとさに、思わずニンマリしたことも憶えている。

 かくして、見た「ビッグ・リボウスキ」は、人生なんて、なるようにしかならないよ、という、そんな、テンション低めのコーエン兄弟のつぶやきがそのまま聞こえてきそうな、愛すべきダメ人間たちが、右往左往してくれる完全無欠なダメ人間バンザイ映画だった。

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 冒頭、ナイトガウンをだらしなく、まとっただけの姿で、スーパー・マーケットの中をうろつき、棚に並んだ牛乳に手を伸ばし、パックを開けてはその匂いをクンクン嗅ぐグダグダなキャラクター、ジェフリー・リボウスキ(ジェフ・ブリッジス)を見た途端、目が釘付けになった。大袈裟にいえば、その時、自分の中で「こんなキャラが見たかった」そんな風につぶやいて、胸をときめかせていた、もう一人の自分がいた。

 思えば日本の70~80年代初頭にかけてのTVドラマに出て来た探偵キャラは皆、いい加減な奴らだった。そんないい加減なやつらが、いい加減に生き、いい加減に死んでいく。そんなドラマたちに感化されて育った自分の、意識下の何かとシンクロするものがあったのかもしれない。

 家に帰ると、リボウスキは、どうやら別人の同名のリボウスキと間違えた奴らに因縁をつけられた挙句、居間のカーペットにションベンまで引っかけられる。そして、トイレット・シートに力なくリボウスキが腰かけた絶妙なタイミングで、ラララ~のテーマ曲が流れ始めた瞬間から、もう負け犬は、ダメ人間たちの世界にどっぷり浸かり、本作に完全にハートを奪われていた。

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 リボウスキの仲間は、揃いも揃ってダメでアホな奴らばかり。そして、どいつもこいつもやることといえば、リタイアしたシニアみたいにボウリングだけなのだ。リボウスキが、さしずめ探偵なら、退役軍人のウォルター(ジョン・グッドマン)は、探偵をアシストするサイドキックだろうか。しかし、このウォルターが危ないこと、この上もない奴で、他人のボウリングのマナーにすぐにキレて、銃を突きつける。もう一人のドナルド(スティーブ・ブシェミ)は引っ込み思案の痩せ男で、そのダメぶりの特長はおそろしく存在感が欠落していること。

 こんなダメな奴らが巻き込まれるのが、本物の富豪のリボウスキの、妾みたいな若妻の誘拐事件。とはいえ、リボウスキたちが事件に絡んでも、全く何の役にも立たず、事件だけが独り歩きしていく始末。

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 とにかくダメ男たちのアクセントには事欠かない。特に、リボウスキのライバルのジーザス(ジョン・タトゥーロ)が、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」のラテン・ヴァージョンのBGMとともにパフォーマンスするシーンには、涙が出るほど笑わせられた。リボウスキに、アングラ芝居を見に来てくれと懇願し、アングラどころか、救いがたいほド下手な芝居を大真面目に演ずるダメ男マーティにも屈託なく、笑わされた。

 確かに、大筋のルックスだけは、チャンドラーのハードボイルドよろしく、意味深な奴らが入れ替わり立ち代わり現れはするが、その実、ハードどころか、思いきりソフトにボイルしたタマゴみたいなグジャグジャな展開の末に、全身タイツ姿の奇妙なチンピラに驚いたドナルドが呆気なく心臓麻痺で死ぬ。この70年代テイスト満載のみじめな末路には、これまたハートが奪われた。

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 結局、事件は、狂言誘拐らしき結末で、目当ての金も一銭ももらえなかったリボウスキとウォルターはドナルドの遺灰を海に巻いては、咳き込んでむせるしかないのだ。

 とにもかくにも全てがネット化され、整然としてしまった現代は、ダメ人間という種族が生きる余地すら与えられないような窮屈さがあるような気がする、そんな時、この映画を見るとホッとしてしまうのは、この負け犬が真正のダメ人間だからだろうか。それでもいい、ここが唯一のダメ人間の聖地だとすれば、たまにここに帰って来て思いきり息抜きしたい。

 本作は、そんな不思議な気にさせてくれるイケてる、グダグダ探偵ハーフ・ボイルド。

 因みに、マニアと言ってもいいほどボウリングに通いつめているリボウスキだけあって、本作には何度もボウリングのシーンが出て来る。しかし、肝心のリボウスキがプレイをするシーンはただの一度も出てこない。ここまで完璧に何もしないリボウスキは、劇中、自分のことをそう呼ぶように、本当にデュードな奴なのです。