負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬が恐るべき子供たちに共鳴し感応し戦慄した件「イノセンツ」

能力は共鳴し覚醒する!ノルウエー発の静かなるサイキックホラーの傑作

(評価 80点)

 澄み切ったどこまでも静かなる空気。冷え切った風景の中に屹立する高層団地のシルエット。そんな、どこまでも静かな空間で子供たちが遊んでいる。何処にでもある、ありふれた光景。でも、よく見ると、その子どもたちはどこかがおかしい。

 すぐれたホラーというのは、必ずといっていいほど日常が秀逸に描かれている。そして、そんな日常に不穏なさざ波が立つのがトリガーとなって次第にテンポが加速し、恐怖のボルテージを高めていく。

 この「イノセンツ」はそんなすぐれたホラーの空気感の装いを見事にまとって、見るものを釘付け同然に引き込んでいく。でも、そのテイストはノルウェーの空気のようにあくまでも冷え切って静かなのだ。

 使い古されたものを新たな革袋に、という言葉があるけども、本作はまさにそれ。

 本作はいってみれば良くあるサイキックスリラーなのだが、その切り口を少し変えるだけで新たなルックスを生み出すことに成功している稀有な例だ。

 緑豊かな自然に囲まれたノルウェー郊外の高層団地。ここに、自閉症で言葉が話せない姉のアナとその妹のイーダの4人家族が引っ越してくる。そこでの最初の夏休みとなる退屈なある一日、イーダはベンという少年と出会う。ベンがイーダにいいものを見せてやると言って披露したのは、落としたビンのキャップを手を使わずに飛ばしてみせるマジックまがいの芸当だった。

 本作はまず序盤の子どもたちを取り巻く日常を描くのが上手い。子供たちの演技もさることながら、子どもたちの自然な会話、子どもたちの笑顔、一挙手一投足のその仕草、それがまるでドキュメンタリーのようにリアルだ。そして、そのリアルが、サイキックな能力という切り口で、コップの中の水に小さな波紋が出来て、その波紋が次第にさざ波に変わっていくように様相が変化していくのが手に取るように感じられるところが秀逸だ。

 主人公である少女イーダ、そして少年ベン。仲良くなった二人だが、ベンがいたずらに猫を殺してしまうという行為を見てからイーダはベンに不穏な脅威を感じ始める。

 子供たちののどかな夏休み映画が、サイキックスリラーの様相を帯び始めるのに一役買うのが、特殊な感応能力を持った少女アイシャの登場。このアイシャにイーダの自閉症の姉のアナが感応し、共鳴するところからアナは自らも能力に覚醒していく。

 これがハリウッド映画ならマーベルばりに仰々しく描かれるところだが、本作の場合、あくまでも日常の視点からさりげなく描写を重ねていくところがいい。

 やがて、アナとアイシャが感応しあうことで、少しづつ言葉すら話せるようになるアナだったが、それと共にベンの小さな悪意が徐々にドス黒いものに変わり始める。

 そうして、自然と生じ始める子どもたちの間での対立の構図。ベンはイーダの姉アナが自分よりも強大な能力を持っていることを悟るや、自らが持つ他人を操るという特殊な能力を駆使して更に邪悪な対立を仕掛けていく。

 ここからは定石通りサイキックな能力を駆使してのバトルの構図となるが、序盤からの透明感のある映像で切り取られたリアルの余韻が大きいだけに、そのリアルが、サイキックバトルというお決まりの定石に嵌っていくのにこちらが奇妙な快感を覚えてしまうところが何とも新しい。

 かくして、ベンがアイシャの母親を操ってアイシャの死という事態をもたらした時、本作の主役でもあり4人の中でただ一人能力のない傍観者だったイーダが立ちあがる。

 ここまでくればマンガに馴染み深い日本人ならサイキックを扱った数々の作品を想起するだろう、一世代も二世代も古い負け犬なら「幻魔大戦」であり「童夢」であり、「アキラ」といったところだ。それがノルウェーという国から、北欧独特のテイストで目の前に現出するのを目の当たりにするのは妙な感動でもあり自然とこちらの感情もヒートアップしてくるから不思議だ。

 殺されたアイシャの仇を討つため行動に出たイーダが失敗に終わり、逆に怪我を負って追い詰められた時、自閉症の姉のアナが悪の少年と化したベンの前に決然と立ちはだかる。そのラストのクライマックスたるや、大友克洋のあの傑作「童夢」を忠実に映像化したようなサプライズがある。

 まるで西部劇の最後の決闘のような二人の対決。だが、そこで使われる武器は人間の思念なのだ。団地の公園というのどかなありふれた光景の中で繰り広げられる息詰まる決闘の末に訪れる結末。やがて、その激闘は、誰にも知られることもなく、再び何事もなかったようにありふれた日常の中に埋没していく。

 エスパー、サイキック、テレパシー、テレキネシス、幾多の映画でそれらは誰もが目にしたはず、しかし、本作を見た時、その新鮮さに誰もが全く新しい革袋から酒を吞みほしたような気分になるのではなかろうか。

 北欧の国ノルウェー産の2021年製のこのワインの味を是非、どうぞ