負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の鼻の穴にナイフ「チャイナタウン」

「水の中のナイフ」で世界を震撼させた神童ロマン・ポランスキーが、名匠にまでのぼりつめるマイルストーンともなったノワールの傑作

(評価 84点)

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アメリカン・テイストそのもののノワールスリラーに、ヨーロッパの艶やかなテイストを盛り込み、本作のテーマでもある水の流れを思わせる、たおやかな語り口で、何度見ても酔わせてくれる最高の一品。

 当時、「ある愛の詩」などの大ヒット作を連発し、飛ぶ鳥を落とす勢いだった、辣腕プロデユーサー、ロバート・エヴァンスが、これも当時、名手として業界では知れ渡っていたシナリオライターロバート・タウンに一本の脚本を依頼した。米文学史上不滅の名作として名高い「華麗なるギャツビー」の映画化用の脚本だった。エヴァンスがタウンにこの時、提示した脚本料は、破格の10万ドルだった。しかし、タウンは、これを却下し、わずか2万ドルの報酬でいいからオリジナル脚本で勝負したいとエヴァンスに申し出る。

 タウンがオリジナル・スクリプトとして抱いていたイメージは、友人たちから聞いていた30年代のマイノリティーの中国人たちで溢れていたチャイナタウンの、喧騒と活気に満ちた光景だった。タウンはその構想に、水資源に枯渇していた渇きの街LAのアイデアをミックスし、一本の脚本を書き上げる。

 その180ページに及ぶ脚本こそ、今や映画史上、最良のシナリオともランク付けされている「チャイナタウン」だった。そして、類が類を呼ぶように、この黄金のシナリオのもとに傑出した才能が続々と集結する。

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 その筆頭が、タウンがそもそも本作の主役にイメージして描いた大スター、ジャック・ニコルソンだった。脚本を一読したニコルソンは、迷わず一本の電話をかける。その相手こそ、互いに一緒に仕事をするチャンスを模索していたロマン・ポランスキーだった。当時、あのシャロン・テート事件で、ハリウッドに復帰することをためらっていたポランスキーだったが、脚本の魅力には抗えず、演出を快諾。かくして、最強コンビの下、いよいよ本作が実現に向けて動き出す。

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 映画史におけるノワールというジャンルを確立したジョン・ヒューストンの存在感の貫禄、ノワールには付き物の謎めいた女モーレイに扮したフェイ・ダナウェイ。名優、名役者揃いの本作だが、本作の魅力は、やはりタウンが、そのひとそのものをイメージして創り上げたというキャラクター、ギテスに扮したジャック・ニコルソンに尽きる。

 冒頭、調査した浮気の証拠写真を見て、窓のブラインドにすがって泣きくれるカーリー(バート・ヤング)に向い、「もう十分だろ。そのブラインド、買ったばかりなんだぜ」という第一声のセリフで登場するギテスは、その存在感、セリフ回しをはじめ、ニコルソンという生身の人間そのもののドライな感覚に溢れたリアリティに満ちている。

 そして、誰もが驚いたのが、本作におけるギテスのキャラクターの造型。「チャイナタウン」のニコルソンといえば、誰もが思い浮かべるのが、鼻にドデカイ、絆創膏を貼り付けたあのイメージ。

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 ニコルソンのセックスアピールといえば、あのツンと突き出した尖ったハナ。本作では、序盤に、調査に深入りし過ぎたギテスがギャングたちに囲まれ、その鼻の穴にナイフの切っ先を突っ込まれ、切られてしまう(このチンピラギャングを演じているのが、ポランスキー本人というのが実に洒落ている)。以降、ほぼ終盤までずっと、ギテスことニコルソンは、顔のど真ん中にデカイ、絆創膏を貼ったままの間抜けな顔で、終始、登場し続けることになる。

 自分のセックスアピールを、そっくり削ぎ落されたルックスで演じるなど、普通のスターなら、決して承諾しない。しかし、それに敢えて挑戦したのも、ニコルソンが、盟友タウンの脚本とポランスキーに全幅の信頼を置いていたからに他ならない。

 そして、その結果逆に、顔のど真ん中に絆創膏を貼ったまま、事件を追っていく探偵というノワール・ヒーローの新鮮なイメージの魅力に誰もが見事なまでに撃ち抜かれることになる。

 実際、このギテスのキャラクターのスタイルをそのまま、模倣したようなエピゴーネンを数え上げればきりがない。

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 この負け犬が一番好きなのは、あの深作欣二の傑作「いつかギラギラする日」のギャング役のショーケンだ。この作品では、ショーケンこと萩原健一演ずる神崎は、冒頭で、自分を裏切ったチンピラにこっぴどく殴られ、こちらは正真正銘、そのラスト・カットまで、顔のど真ん中に絆創膏を貼り付けたままなのだ。

 俗に性器のシンボルとも言われる男の鼻。でも、本当にカッコいい男とは、そのシンボルが隠された時、もっともセクシーな魅力を発揮するというショーケースとは言えないだろうか。

 そして、もう一つ、本作で忘れてはならないのが、ジェリー・ゴールドスミスによる、圧倒的なまでに美しいテーマ音楽。水道の利権をめぐる醜い争いが関わる本作だが、常に流れ続ける水の流れを思わせるような、そのたおやかな旋律の美しさが、本作をたとえようもない程、魅力的なノワールにしていることは間違いない。驚くのは、このテーマ曲誕生のいきさつ。作曲家のチョイスをめぐり二転三転した本作。ジェリー・ゴールドスミスが請け負うことになったのも、もう、封切間際のことだったという。そこでジェリー・ゴールドスミスは、たった10日間でこの曲を書き上げたというから、もう驚愕するしかない。

 数々の映画に名曲を提供し、この世を去ったゴールドスミス。ゴールドスミスはまさにそのゴールドな旋律の数々で今も我々に金色の夢を見せ続けてくれているのだ。