負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

<映画をエンジョイ英語もエンジョイ>負け犬の凡才に捧げるレクイエム「アマデウス」

天才アマデウスモーツァルトの早すぎる死を、凡才の視点からミステリー仕立に描いた超傑作。何度見ても超絶的に面白いドラマの実際のスクリプトから、サリエリの有名な最後のセリフをご紹介

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 人生は残酷だ。凡才はどんなに努力しても天才になることは出来ない。三流の野球選手がどんなに努力してもイチローにはなれないし、格下の将棋の棋士が死ぬほど努力したところで、藤井聡太になることなど絶対に有り得ないのだ。

 モーツァルトの死、という史実を、凡才から見た天才という、斬新な切り口からミステリー調に描きアカデミー賞の8部門に輝く本作。名作という古臭い形容では勿体ないほどのエンタメ性に満ちたドラマのエンディングは、モーツァルトに憧れ、同時に嫉妬し、憎むことに人生を費やした一人の宮廷音楽家サリエリの、凡庸に生まれついたすべての人間たちに捧げる呪詛ともレクイエムともとれるセリフで終わる。本作の基になった舞台劇の原作者ピーター・シェーファー自身の手による撮影用の実際のスクリプトには以下のように書かれてある。

OLD SALIERI

Goodbye, Father. I'll speak for you.  I speak for all mediocrities in the world. I am their champion. I am their patron saint. On their behalf I deny Him, your God of no mercy.  Your God who tortures men with longings they can never fulfill. He may forgive me: I shall never forgive Him. Mediocrities everywhere, now and to come: I absolve you all! ! Amen! Amen!

(老いたサリエリ/さようなら神父様。わたしは、あなたのために話すのです。というよりこの世界のすべての凡人のためにというべきか。わたしは、凡人の味方なのです。いわばわたしは、凡人たちの守護聖人。そんな彼らに成り替わってあの方に、無慈悲な神に背中を向けるのです。偉大な神は、人間たちを苦しめる、その人間たちとは、決して成就を果せない憧憬に身を焦がし続ける人間なのです。神は、こんな私を許してくださるかもしれない。でも、わたしは神を許さない。至る所にいる凡人たちよ。今もここにいて、今後も生まれ続ける凡人たちよ。我はあなた方すべてを赦したもう!アーメン!アーメン!アーメン!)

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 まさに凡人、凡才のオンパレード。平々凡々に生まれついて何の取り柄もないこの負け犬など、サリエリのこのセリフを聞くたびに耳を塞ぎたくなってくる。しかし、こんな陰鬱なエンディングで終わる本作だが何度見ても面白いことに変わりはない。

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 サリエリの自殺未遂から始まる衝撃のイントロから、差し向かいで座る神父にサリエリが語り始める導入部にたちまち引きずり込まれ、それまで見たこともない、とんでもなく天衣無縫なモーツァルト像に驚かされ、高笑いしながら完璧にピアノを弾きこなすモーツァルトを演ずるトム・ハルスの演技に驚愕し、モーツァルトに愛憎入り乱れた感情を抱いた挙句、一線を越えてモーツァルトの殺害までも企てるそのサリエリの計画に釘付けとなり、気付けば2時間40分もの長尺が何度見ても、あっという間に過ぎている。

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 サリエリは、モーツァルトの才能を忌み嫌いながらも、心の底から感服し、遂には敗北を認めひれ伏し、絶望のままに人生を終える。その姿は、凡庸に生まれついて、凡庸なままに過ごし、メディアに次々と入れ代わり立ち代わり登場する天才たちを、ただ黙って指をくわえて見つめる我々の姿そのものなのだろう。だから、普段は遠目に見つめるはずだけの近寄り難いコスチューム・プレイというジャンルの本作に、これほどに近い距離感を覚え没入してしまうのだろう。

 ちなみに本作をこよなく愛した著名人がいる。多作ぶりではモーツァルトに匹敵するともいわれたマンガ家の手塚治虫だ。自らも才能がありながらも、抜きんでた才能を持つ若手が現れると嫉妬心をあからさまに剥き出しにしていたと言われる大家だけに、本作に感ずる思い入れにはひとしおのものがあったのでしょう。

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 努力すれば実を結ぶというのはよく言われること。しかし、我々は、特に負け組代表の負け犬のような人間は、凡才がいくら努力してもまるで報われないことを、心のどこかで認めている。だからこの「アマデウス」のように、努力しても無駄だと、言い切ってくれた方がいっそのこと気持ちがいい。何故なら、無駄だと分っていても、人間は何がしかの努力をするもの、その無駄な努力をすることに楽しみを見出す生き方だってあるのだから。