負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のノワールは色付きだった「アスファルト・ジャングル」

ノワールならではのキャラクターたちが集結し、たぎるような熱気すら帯びた、その魅力のすべてが凝縮された暗黒映画の超傑作

(評価 84点) 

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暗黒のはずのフィルム・ノワールの傑作のはずなのに、最初に見たのは何とも間抜けなカラー版だったのが、今思えば懐かしい。

 アメリカ映画史にその名を燦然と刻むジョン・ヒューストン。その監督との最初の出会いとなった作品はあの「黄金」だった。「黄金」といえばヒューストンのフィルモグラフィでも最初期の1948年のクラシックの古典。そもそもどうしてその作品に興味を持ったかというと、「黄金」の中でハンフリー・ボガート演ずるダブズという男のスタイルが、あのスピルバーグインディ・ジョーンズのモデルになったということを映画雑誌で読んだからだった。そして、たまたまTVの午後ローで放送されたその作品を見たのだった。

 ところが、地味なモノクロで、超の字がつくほど昔の作品のはずが、とてつもなく面白かったのだ。砂金採掘のために山に入った3人の男たち。その男たちが、金への妄執による確執によって破滅していく。モノクロームのクラシックな映画の面白さに初めて目覚めさせられた作品で、そのおかげで、ヒューストンの名がこの負け犬の脳裏にしっかりと刻み込まれたのだった。

 それからしばらくたった頃、当時、通勤途中の駅の近くの小さなレンタル・ビデオ屋で見つけたのが本作だった。しかし、それはコンピューターでカラライズが施されたカラーの「アスファルト・ジャングル」という今思えばレアな珍品だった(現在、ネットで検索してもこのカラー版はどこにも見当たらない)。とはいえ、ヒューストンの初期の代表作としても有名なそれをそそくさと借りて早速、見たのだった。

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 そして、そのあまりの面白さに打ちのめされた。冒頭は夜明けの街。クラシックなパトカーが巡回する中、その目をかいくぐるように、いそいそと家路を急ぐ屈強な前科者の主人公ディックス(スターリング・ヘイドン)を捉えるキャメラ。そのイントロから一気に引きずり込まれ、一気呵成に見終えて、あ~面白かったとため息をつくような代物だった。

 ストーリーはノワールを絵に画いたようなもの。ディックスをはじめとする仲間たちが、宝石店を襲撃する計画を立案した破産寸前の資産家に呼び集められ、計画を実行するが、たちまち警察に追い詰められ、その挙句、あるものは捕まり、あるものは死に追い詰められる。本当にただそれだけの話。しかし、それがジョン・ヒューストンによる小気味の良い演出の手にかかると、たちまち目くるめくような傑作に変貌してしまうから、なまじマジックでも見せられている気分になった。

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 一気に本作に魅了された負け犬が、本来のモノクロームのオリジナル版を見ることを熱望したのは言うまでもない。ところが、本作、ビデオはおろか、そのDVDが、待てど暮らせど出なかった。待ち焦がれてあきらめかけた頃、ようやくリリースされたそれにかじりつくようにしてありついて、漸く溜飲を下げ、あまりにも陰影が美しいモノクローム本来の「アスファルト・ジャングル」を心ゆくまで堪能出来ているという次第。

 やはり、本作はこのハイコントラストのモノクロームあっての世界であることは明らか。そして昔、カラライズ・バージョンでは気付かなかったディテールの面白さが今でも何度でも見るたびに発見できる。

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 本作の悪党たち、最後には、過去に過ごした思い出深い牧場で死を迎える、無骨なスターリング・ヘイドンのディックスの一本気な魅力は言うに及ばず、とりわけ魅力的なのがサム・ジャッフェ演ずるドックだ。金庫破りの天才と称され、パトロンや仲間たちからも一目置かれ、見た目はただの小男なのに、いつもかくしゃくとして肝っ玉も据わっている。しかし、そんなドックが持つただ一つの弱点が女。長年の刑務所暮らしと老いから、若い女に対するフェテシズム的な欲望が抑えきれない。出所して、仲間と最初に会った時でも、若い女のピンナップのカレンダーをねちねちと眺めるシーンでそれを印象付けた後のクライマックスでは、ヒューストン演出の圧巻の冴えを見せつけられる。

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 仲間が散り散りに破滅していく中、ドック一人、飄々と逃げおおせるかに見えたが、立ち寄ったダイナーで、さっさと逃げればいいものを、ジュークボックスの音楽に合わせて踊る若い女を喉から手が出るほど欲しそうに、舌なめずりするように見て長居をしたおかげで、まんまと捕まる。ここでの若い娘を捉えたキャメラからシームレスに背後の窓から覗き込む警官へとトラッキングするキャメラ演出のスマートさには、誰もが舌を巻くに違いない。

 「黄金」もそうだが。本作もテーマは人間の欲望だ。小悪党たちを束ね、ピラミッドの頂点に立つかのようなパトロンの資産家のエマリンも囲いものにしている若い子猫的なブロンド女(何とブレイク前のマリリン・モンロー!)を手放したくないための崖っぷち老人に過ぎない。各人各様の欲望がぶつかり合う、たぎるようなドラマの真髄が本作を見れば堪能できる。メルビルもこんな本作に魅了され心酔した挙句、あのノワールの傑作「仁義」を作った。

 とにかくキビキビとして小気味よい、そんな映画が見たい、そんな方はCGでコテコテの今時の映画なんざ見てる場合じゃないですよ!クラシックな本作こそ、そんな作品にはピッタリですよ、そこのお兄さん!などと思わず言いたくなる作品なのです!