負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の過激なダイエット「マシニスト」

貧困層のやせっぽちの負け犬になるためにダイエットは欠かせない?リアル痩せ男のダイエット型スリラーの秀作

(評価 74点)

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バットマン」でビルドアップされたボディを見せつけていたクリスチャン・ベールの悲惨なほどの過激な痩せぶりにまずは誰もが掴まれる。ロシア文学にでも出て来るような陰鬱きわまりない主人公。どんよりとしたキャメラが、これもまた、どこかロシアの映画を思わせる。だが、ハっと気付けば、このグルーミーきわまりないスリラーに負け犬は引きずり込まれていた。

 冒頭、男があえぎながら誰かをカーペットにくるむ様子が、窓越しに映っている。男はそのまま車でカーペットにくるまれた誰かを運び、海に遺棄する。その時、何者かに懐中電灯に照らし出され、呼びかけられた言葉は「Who are you?」だった・・

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 意味深なこんなイントロで始まるこの「マシニスト」。まずは主人公レズニックを演ずるベールのガリガリの痩せっぷりに驚かされる。もしも、知り合いがいきなりこんな姿で現れたら、思わず「病気?」などと尋ねるだろう。そういえば、スティーブン・キングにも「痩せゆく男」というホラーがあった。あちらの痩せゆく男はジプシーの老婆の呪いで痩せてゆく。しかし、こちらの痩せゆく男は不眠症なのだ。しかして、その痩せゆく原因とは・・・?

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 コール・ガールらしき恋人未満の女スティービー(ジェニファー・ジェイソン・リー)とベッド・インの最中にも陰鬱に。もう一年も寝ていない、と漏らすレズニックの、いつも白夜を漂っているかのようなテイストが本作の魅力といえる。

 陰影の濃いキャメラ。それが最大限に引き立つ、レズニックの仕事場の暗い溶接工場の光景。本作のルックスは一見、アメリカ映画のそれとは思えず、どこか東欧の映画を思わせる。そのルックスの中、本作の監督ブラッド・アンダーソンは、ひたすらレズニックの日常のディテールを丹念に追ってゆく、そのスタイルは、どこかドストエフスキーの「地下室の手記」や、ロマン・ポランスキーのスリラーをも思わせる。

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 冷蔵庫に貼られた紙片に書かれたダイアグラム、工場で、レズニックが同僚の指の切断事故を招いてしまう引き金となるゴーストのような男。様々なシンボリックなキー・ワードが散りばめられたシュールな世界観は、まるでデビッド・リンチのスリラーのようでもある。またその貧困層丸出しのレズニックへの負け犬ぶりへのシンパシーもあいまって、なかなかアメリカ映画ではお目にかかれないテイストを持つこの映画にこの負け犬もいつしかズッポリとはまり込んでいた。

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 ギリギリの限界状態のボーダーラインを常にさまよい歩いている、レズニックだが、いつも立ち寄るエアポートのカフェでのバツイチの女との束の間の触れ合いで一息つきもする。しかし、再びの工場でのトラブルから、レズニックは解雇され、いよいよ痩せっぽちのレズニックがさらに痩せこけメタモルフォーゼしていくその姿は凄みがある。ただ一人寄り添える存在だったスティービーすらも拒絶し、いっそう鬼気迫るガリガリ君と化したレズニックはパラノイアの領域に突入していく。

 レズニックが痩せゆく原因とは何なのか、そしてその眠れない原因とは。レズニックはそもそも一体、何のパラノイアにとらわれているのか。謎だらけの物語のその真相が明かされるそのクライマックスまで、おそらく誰も目が離せないのではないのでしょうか。

 格差社会の落ちこぼれ、その貧困層の日常生活を描くというだけで、一つのスリラーとなっている、まるでゴーリキーの小説「外套」をホラー映画にしたかのような、このユニークな映画のスクリプトを描いたのはスコット・コーサという脚本家。「悪魔のいけにえ」やロメロの「クレイジーズ」のリメイクなど、主にホラージャンルの作品を手がけている脚本家とあれば、本作のホラーめいたテイストにも合点がいくのではないでしょうか。

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 全てのキー・ワードの意味が解け、ようやく謎だらけの日常から解放されたレズニックは、最後にゆっくりと瞼を閉じ安らかな眠りに落ちてゆく。その時、フラッシュ・バックされるのはガリガリ君になる前の自分、謎の重荷によってグロテスクなまでに身を削られる前の屈強な自分の姿なのだ。

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 ホラー・テイストな本作の、その謎の根幹を成すのは結局、キリスト教的なギルティなわけだけど、一番おののくのは、いくつもの映画で見慣れたクリスチャン・ベールから、神をも恐れぬ過激なダイエットで痩せこけたガリガリ君なベールとなったそのルックスなのには間違いない。これを見れば、そこまでやるか!と誰でも言いたくなりますよね~(そこが役者根性というやつなのでしょうが・・)