負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬の姿なき温故知新「透明人間」

まさに温故知新ではないけれど、古き良きクラシックなマテリアルを換骨奪胎してホラーにしたらどうなるか?その解答は、何とも物足りない残念作でした

(評価 58点) 

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フランケンシュタインにドラキュラ、ミイラ男に半魚人。異形のキャラクター、ダーク・ユニバースに欠かせない真打「透明人間」の登場は、素直に感心できない代物だった。

 ありふれた素材をブラッシュアップしてのけるのは、並大抵のものではない。ところが、手垢にまみれきったサイボーグという素材に、マンガ「寄生獣」のAI版というアイデアを注入して、「アップグレード」という目の覚めるような快作を放ってのけた逸材がいた。あの「ソウ」で世界の度肝を抜き、ソリッド・シチュエーション・スリラーという一ジャンルを築き上げたリー・ワネルである。

その俊英リー・ワネルが、透明人間というクラシックな素材にあえて挑戦し、料理したのが、タイトルも、あられもないほど、そのものズバリのこの「透明人間」だ。

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 全米でも、批評家たちからおおむね絶賛にも近かった本作だが、おそらく、本作の評価は、この素材に対するリー・ワネルのアプローチの手法を、どう感じるかで違ってくるのではなかろうか。本作では、透明人間という素材で必然的に描かれるはずの、その誕生篇的なパーツ、透明になる側のキャラクターのドラマ部分は、バッサリとトリミングされている。確かに、その大胆な選択には驚かされもするが、そもそも今回、リー・ワネルがその手法を選択したのも、この素材をSFではなく、ホラーにベクトルを思いきり振ることだったように思われる。このメソッドの是非で、評価が分かれてくる本作だが、負け犬から見ると、今回、そのリー・ワネルのメソッドが露骨に裏目に出たような気がして仕方ない。

 主人公のセシリア(エリザベス・モス)が、異常に支配欲の強い暴力的な夫エイドリアンと拘束同然に暮らす家から、深夜、脱出する、ハイテンションのソリッド・スリラー的イントロか始まる本作。結局、本作で終始するのが、その夫エイドリアンのセシリアに対するストーキング行為のその次第と顛末となる。

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 セシリアは、友人の家に逃げ込み、一時的に駆け込み寺となったような、その家で暮らすことになるが、かくまわれて早々、その夫エイドリアンが、自殺したとの報せが入る。ホッと安堵したのも束の間、その日から、セシリアは、夫の不気味な影に怯えることになる

 本作のランニングタイムは、ホラーにしては十分に長い120分。しかし、前述したように、セシリアの夫のエイドリアンのキャラクター描写は、バッサリ、トリミングされているため、本作は、そのセシリアが、夫のエイドリアンらしき不気味な影に怯える、思わせぶりな描写のシークェンスが異常に長い。昨今のホラー映画の典型といってしまえば身もふたもないが、イントロから、その思わせぶりなシーンが、何度も数十分にわたって、繰り返される。

 夫のエイドリアンが、光学技術の革新的な開発者という設定は、早々に明かされる、その上、タイトルがそのものズバリの透明人間だから、夫が透明人間になって、セシリアを襲ってくることは、誰でも予想がつく。しかし、そのエイドリアンが、自殺したという設定だから、セシリアを脅かす存在が、あの世のゴーストなのか、それとも透明人間なのかも、見ている側は釈然としない。

 ところが、セシリアだけには、夫が生きているという確信があって、エイドリアンのストーキング行為に逆襲すべくかつて二人が住んでいた自宅に舞い戻る。そして、実験室でセシリアが見つけたのは、光学迷彩的な機能を備えたようなジャケットだった。その瞬間、セシリアは、夫がそのジャケットを装着して透明人間になり、自分をストーキングしていることを確信する。

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 そこから透明人間エイドリアンとセシリアとのバトルに本作は、急展開していく。

 しかして、第二の不満点は、本作のモチーフそのものの、その透明人間。透明人間の面白いところって、人間の肉体自体が透明になることだったはず。そもそも、そこにセンスオブワンダーとワクワク感があったはず。確かに、光学迷彩というテクノロジーにのっとったアレンジを施せば、それなりのリアリティーは出るものの、本来の透明人間の面白味が、半減してしまった気がして仕方ない。

そのせいか、最大の見所である、ビジュアルも、何だか精彩を欠いている。

 「アップグレード」では、主人公が体内のAIに操られ、まるでストップ・モーションのアニメのような動きで相手と戦う、ビジュアル的なインパクトも抜群のシーンがあった。しかし、本作では、実際に俳優たちの格闘シーンを撮影し、デジタルで消し込みをしたと思われる、最大の見せ場のはずの、その透明人間とのバトルのシーンにさしたるインパクトもない。

 しかし、実のところ最大の難点は、やはり、そのストーリーなのだ。「アップグレード」では、エンディングに意外なヒネリを加えてサプライズとともに、ストーリーの伏線も回収し、小気味よく驚かせてくれたが、リー・ワネルも、本作がセシリアのみにクローズアップし、ホラーに偏って、構成が単調になっていることを意識したのか、本作でもエンディングにヒネリを加えている。

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 ところが、そのヒネリのおかげで、結局、ストーリーそのものが不可解になるという結果に陥っている。そもそも、世界が仰天するほどの大発明のはずの、人間がまったくの不可視になる光学迷彩ジャケット。おそらく一着が軍用機なみのそのジャケットを、逃げた妻をおどろかせるためだけに装着して、何の得があるのか?そうした不可解な疑問点は、何も解決されないまま、夫への報復を果し、ただ何となく晴れ晴れとしたセシリアの表情で、本作は幕を閉じる。

 元々、本作は、ユニバーサルが、マーベルや、レジェンダリーのモンスター・ユニバースに対抗し、自社の怪物くん的な怪奇キャラクターを総動員して、フランチャイズ化しようという目論見の一環として立ち上げたものだった。ところがトム・クルーズを起用したミイラ男の「マミー」が大失敗し、一度は企画そのものが頓挫した後、透明人間のモチーフにリー・ワネルが興味を示し、実現した。

 低予算ながらも、本作は大ヒット。リー・ワネルの株もこれによって、まさにグレードアップしたから、ビジネス的には大成功したといえるのでしょう。しかし、透明人間といえば、やっぱり、透明になって女湯を覗いたり、オネーちゃんのスカートをめくってみたり、といったイタズラ心をどこかで満たしてくれるテイストが欲しいとゲスな考えを持ってしまうのは、この負け犬だけでしょうかね~