負け犬的映画偏愛録

崖っぷちの負け犬が、負け犬的な目線で偏愛する映画のことを好き放題のたまう映画録。

負け犬のリアルとごっこの絶妙なる綱渡り!絶対必見の超快作「正しく生きよう」

リアルと子供のごっこ遊びの境界を絶妙なるバランス感覚で綱渡りする、韓国映画の実力にただ感服するしかない超傑作

(評価 88点)

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ごっこにかくれんぼ、子供の遊びを大の大人が大真面目にやらかしたら抱腹絶倒の快作コメディが出来上がった!

 とにかく傑作、快作が尽きない韓国映画。その中でも韓国映画の真の実力を示してのけたような傑作映画。しかし、何よりも嬉しいのは、本作が日本映画のリメイクであること。そもそも70年代の日本映画のパワーをその下敷きにして、のし上がってきた韓国映画。日本のマンガを原作とした大傑作「オールドボーイ」がそうであるように、日本映画と韓国映画は蜜月の関係にあるといっていい。

 本作がリメイクしたのは、1991年に公開された邦画「遊びの時間は終わらない」。ともかく同名の原作となる発想勝負のこの短編小説がまず、何はなくとも素晴らしい!

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 生真面目だけが取り柄の平巡査の平田。ある日、警察のイメージ効果を狙った署長が立案した大々的な銀行強盗訓練の強盗役に大抜擢されてしまう。しかし、その平田が、生真面目そのものの性格を発揮してことごとく想定外の行動を取ったことから、ただのその訓練が、マスコミを巻き込んでの大騒動へと発展していく。

 とにかくコロンブスの卵とまで言っていい、この原作小説の発想が実に素晴らしい。作者は都井邦彦氏。わずか数十ページの短編だが、リアルな銀行強盗と訓練ごっこの危ういボーダーラインをヒヤヒヤと綱渡りするようなテイストがとにかく堪らない傑作短編となっている。そして、その映画化となる「遊びの時間は終わらない」は、巡査の平田を本木雅弘が、はまり役といってもいいほど好演し、これまた文句の言いようがない快作となった。

 その我らが日本映画の韓国版リメイクの本作「正しく生きよう」ではもっくんの役を韓国の実力派チョン・ジェヨンが演じ、オリジナルを遥かに超える見事なエンターティメントになっている。話の本筋は、ほぼ同じ。しかし、とにかく感服するのは、主人公チョン・ドマン(チョン・ジェヨン)のキャラクターをしっかりと立たせてみせる、韓国映画のパワーの秘密兵器とも言うべき、その脚本作りの見事さ。

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 まず冒頭、新たにやってきた新任の署長に、頑なに交通違反の切符を切るチョン・ドマンを描くアクセントで、このキャラクターの色付けをしっかりしてしまう巧みさに感心する。だから、このチョン・ドマンのバカ真面目ぶりをすっかり気に入った署長が、強盗役に自らチョン・ドマンを抜擢する流れも素直に納得できるのだ。

 署長に最善を尽くせ!とあらぬ方向で励まされ、チョン・ドマンが天地神明を賭けて強盗になりきるところからは、もう笑いが止まらなくなる。この強盗ごっこというお約束を最大限に活かして、以降、次々と繰り出される笑いのアクセントがもう楽しくて仕方ないのだ。

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 たとえばこんな具合、チョン・ドマンを取り押さえようとした、銀行の客に扮した先輩の刑事を撃ち殺すマネをしたら、お約束で先輩が死んだフリをして床に横たわり、文句を言おうとしたその先輩の首に「死亡」と書いたプラカードをかける。同じく抗議しようとした女子行員に平手打ちをくわせるマネをしたら、次のカットでは、その女子行員が「気絶」と書いたプラカードをしょんぼり首にかけている。

 とにもかくにもこうしたシュールな笑いの感覚が、バカバカしいなどとはならずに、銀行強盗ごっこというお約束事のフィクションの世界で見事に機能していることに、ただ舌を巻いてニヤニヤしながら見つめるしかないのだ。本作は、こうしたクスクスの笑いの連続が多幸感から至福感にまで昇華していくのがとにかく圧巻。

 片時も途切れることのない、たたみかけるようなテンポも見事の一語。チョン・ドマンの想定外の行動に署長もひたすら焦り、マスコミの面前で面目を保つため、SWATを突入させるが、ここでも、ちゃんとチョン・ドマンはごっこのルールを守ってSWATを退却させてしまう。こうしたくだりは、原作は勿論、元ネタとなる映画版にもなかった。このくだりなど、本作の脚本が実によく練られている歴然たる証拠と言える。

 見事なのが、本作のオチの処理。このごっこ遊びという物語の特性上、この手の話は、とにかくオチをつけるのが難しい。原作の小説では、短編というフォーマットのみで成り立つオチでまとめていた。一方、映画版ではタイトルの「遊びの時間は終わらない」に引っ掛けてエンドレス・ルーチン的なオチでかろうじて結末らしきものを成立させていた。ところが本作ではチョン・ドマンのバカ真面目というキャラクターを上手く利用したサブ・プロットを絡めて伏線を巧みに回収し、カタルシスすらもたらすエンディングを演出してのけている。これにはただただ平身低頭、感服するしかない。

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 冒頭からエンディングまで絶えることのないクスクス笑いで見た後は必ずハッピーな気分になれる本作。これこそ映画はやっぱり脚本という鉄則を改めて教えてくれ、韓国映画のとてつもない実力を思い知らせてくれる必見作といえましょう。

 ただ一つ残念なのは、原作者の都井邦彦氏のこと。同氏は、この短編作品一本のみで、後の著作の記録が残されていない。本作が収録されているアンソロジーの巻末の座談会でも、本作をアンロジーに収録するにあたって、同氏とのコンタクトを試みたが所在が不明だったとのこと。これだけの傑作をモノにしながら、無名に近い存在となっている作家さんにはシンパシーを禁じ得ない。しかし、逆に言えば、処女作でこれだけ非の打ちどころのない傑作を書いてしまったら、二作目のハードルを越えることはほぼ不可能に近いのではなかろうか。

 それほどのとんでもない傑作短編小説。本作を見て好きになったら、是非、原作にも触れていただきたいところなのです。